#04. Sweethearts of My destiny.
慟哭するを知り 愛するを知り 憎悪を知って それでも
その声はとても細くか弱く耳朶を打った。
「議長……それは
「私は何も彼を何かの罪に問いたいわけではないんです、代表」
狼狽するスレイマンに議長が穏やかな笑みで返す。底の知れぬ音階で。
「――ただ、どうせ話すなら本音で話したい。どうだろうか、シシィ」
アルファは針路とスピードを保ちながらイシュタルに先行している。
事実上の膠着状態。
それはこの艦橋でも同じことで、言葉なくジェイムズ・セシルが俯く。まだ成長期の薄い肩が痛々しい。
だが長く続くかに思われた空白の時間は、瞬時に塗りつぶされる。
「アルファ、ロスト! 見失いました!」
「何ですって⁉ まさか……!」
先を行っていたアルファが消え、戦術に気づいた時には遅かった。
イシュタルの背後に回ったアルファ。
制空権を奪われたままあっという間に放火の的となる。
「《ランサメント》と《ゾルゲ》を戻して! 残りのクレイドルも出撃!」
アントワーヌが叫ぶも《ランサメント》と《ゾルゲ》も強奪された三機と交戦中だ。そう簡単に戻っては来られないだろう。
舌を巻くほど冷静で鮮やかな戦術。
相手の司令官も相当切れ者なことは想像に難くない。
「総員迎撃‼ 高度を下げ何とか後ろを取り返す‼」
副艦長たちが必死に応戦するも後ろを取られたままでは分が悪く、戦況は悪化していく。集中砲火を浴び、船体が攪拌されるように揺れる。
議長に怪我がないよう傍に控える。
「アイリス、座っていなさい。危険だ」
「あなたの安全確保が私の仕事です。それにこの程度は慣れてますから」
何かを言いかねたように議長が息を吐く。また、船体が大きく傾いた。
「雲から
堪り兼ねたようにジェイムズ・セシルも叫ぶ。
後ろを取られたまま雲に押し付けられればさらに身動きが取れなくなる。右舷を失う危険をアントワーヌも悟ったのかすぐに声を張り上げる。
「面舵20! 雲から船体を離して!」
こちらの動揺を嘲笑うかのように敵の主砲が雨のごとく降り注ぐ。――なぜかほぼ全てが直撃コースを外れて。爆発物の残骸が右舷を激しく叩く。衝撃は遮蔽された艦橋にも届く。
「2番から8番スラスター破損! 針路塞がれ……さらに五時六時七時の方向からクレイドル来ます!」
上擦ったオペレーターの声が虚しく響く。
アントワーヌの焦りが手に取るように見えた。
「《ゾルゲ》に何とか応戦させて!」
「この
「パイロットがいません!」
見かねた議長の問いにアントワーヌが短く鋭く返す。その眼差しは意地になっているようにも見える。
「艦長、まだ〈マギエル〉がおるではないか」
純粋な疑問。はなはだ不思議そうにスレイマン代表が「とっとと出せ」とばかりに私を振り仰ぐ。
「ここで出さずいつ使う?」
「エジェ、彼女は……」
首を振りながらさすがにジェイムズ・セシルが制止する。
本当に何も知らないお姫様なのだなぁといっそ感嘆した。
「スレイマン代表、僭越ながら。私は皇国で現在唯一、独立遊軍准将の任を拝命しているパイロットです。その意味、お分かりですね?」
状況が状況なので早口に告げた。「え?」という呆けた吐息が聴こえたので畳みかける。
「未確認ですが、アルファが
「えっ」
「まあこの
「墜とすってそんな簡単に……戦争ってそんな……」
「〈マギエル〉が出る、ということはそういうことです。スレイマン代表――第四次世界大戦の責任、とれますか?」
たとえ向こうが仕掛けてきた戦いでも勝った方が加害者となるこの敏感な世界で。先の大戦で私に、〈マギエル〉に要求されたものはたった一つ。敵を葬り続けること。魔術のように戦局を変えること。だからこその〈マギエル〉。
「え、あの……」
困惑したように目を泳がせる少女に議長はうっすらと笑んだ。
ジェイムズ・セシルが軽くくちびるを噛んで、浅く一息吸うと吠えた。
「右舷後方のスラスターは何基生きてるんですか!」
「な、七基です!」
「撃って奴と距離を保つと同時に、
「はあぁァ!? 航空機とは違うんだぞ、そんなウルトラCできるわけが」
「イチかバチかやるしかない。伝説のパイロットはどちらも出せないようだし」
諦めた口調でアントワーヌが言う。
指揮官の面目丸つぶれの酷なこの状況でも切り替えられるタフさは評価できる。
右舷後方のスラスターが全開放され爆発で船体が押し出される、衝撃に耐えながらのインメルマンターンで無茶苦茶な
「アルファを討つ! 主砲照準。目標アルファ! ――てッ‼‼」
主砲が見事にアルファの右舷をこそげとっていく。
痛み分けとしては双方痛い損害だ。強奪された三機もその他のクレイドルも退いていく。
「アントワーヌ艦長。我々も退こう。これ以上代表を振り回すわけにはいかない」
議長の言葉にアントワーヌが渋々首肯する。
ようやく戦闘が終わる。彼女たちの初陣が。
❖
議長は艦長室へ、スレイマン代表とジェイムズ・セシルは士官室へと場所を移しそれぞれに休息することとなった。長い一日がようやく終わる。
私もあてがわれた士官室のベッドに倒れ込むようにして横になった。パイロットたちもそうだろうか。
初めてひとを撃った日。手の震えが止まらなかったあの日。シミュレーションとの差に泣いた、あの日。それを今日、あの子たちが経験している。病のようにひっそりと、自分の手が赤く染まるのを感じて眠るのだ。
「かわいそうよね、みんな。本当にかわいそう」
内ポケットの中からデバイスを取り出す。少し光が暗い写真。まだディディが生きていたころミーティングルームでみんなと撮った写真。中央にディディと無理やり肩を組まされたジェイムズ・セシル。それを挟むようにいい笑顔をしたペドロとテオ。後ろの列に呆れかえった顔のヴィルヘルムと、まだ笑えていたころの私がいる。
ブランドゥング作戦の三日前。ディディが死ぬ三日前の写真。
ここにはまだ生きているのに。ここにいるのにもういない。鮮やかな写真。
呼んでも返事がないと知ったのは、もうどのくらい前だろう。
手の、くちびるの温度を忘れたのは、抱きしめる腕の強さが曖昧になったのは……。どんどん記憶は薄れていくのに。
「どうしてまだこんなに愛してるの、もういないのに」
あいしてるの音は私を弱くする。口にするたびに、私は泣きたくなって、逢いたくなる。そっとデバイスのディディにくちづけると涙が彼の笑顔を
寝返りを打った上着からペンダントトップにしているもう一つの指輪が慰めるようにまろび出る。蒼い石。ディディが死んだあと、停戦間近にヴィルヘルムから渡されて預かったままにしている想い。
「いつまでも待ってやるなんて言うけど、忘れられそうにないときは?」
呟いた自分が最低最悪の卑怯者だなんて吐き気がするほど分かっている。
それでも。引きずる自分と歩き出そうとする自分が両手を引っ張るから動けない。
謝罪の代わりにくちづける。ヴィルのまだ傷ひとつない
今日初めて手を赤く染めたあの子たちも恋をするだろうか。いつか――もしかしたら戦火の中で。命を懸けて守りたいような、他の何を捨てても構わないと、誰かを傷つけてもいいと思えるような、そんな恋をするだろうか。
だとしたら、私が戦おう。
あの子たちが愛した相手を喪うことのないように。この手はもう抜け出せないままでいいから。もう誰も、こんな心を抱きしめることのないように。
❖
「〈マギエル〉、本国の国防委員会から入電です」
本国からの入電がいいものであった試しがない。
私は覚悟を決めて「繋いでください」命じた。
「セブンスヘブン《軌道上衛星都市》が地球直撃コースで落下している」
斯くて神は、新たなベルを虚空に鳴らす。
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