#03. Like the flower which blooms in the wound.

 無意識に心の奥触れてしまえば、また傷が化膿しそうで綺麗なものに触れられない


「〈マギエル〉!」

 ぼうっと通路を歩いていたら聞き覚えのある声がした。緩慢な動作で振り向く。

「ああ、やっぱり〈マギエル〉だった。お久しぶりです」

 グリーンの整備服を着た青年は先の大戦で何度となく見た顔だった。

 私とテオの専属整備士だった気がする。名前はもう思い出せないが。

「ああ、うん、久しぶり」

「なぜ〈マギエル〉がここに?」

「議長の護衛で。まあ――今は休憩中ということにしておいて」

 思い出せない名前を手繰りながら、適当に返事をする。

 人の名前を覚えるのは苦手だ。

格納庫ハンガーの見学ならご案内しますよ」

「え? ああじゃあお願いしようかな」

「こちらから十機が汎用型クレイドルです。とはいえ第五世代ですので最新型に威力は劣りません。空いているハンガーは強奪された三機が入る予定だった場所で、一番奥が《ランサメント》です。《ランサメント》はご存じの通り六世代目の最新鋭機で、コアのクレイドルに追加装備する形で予備電源や演算能力拡張システムを装備でき、単純計算でこれまでの威力の二乗を誇る革新型です」

 嬉々として語る整備士を呼ぶ怒鳴り声がどこからか聞こえ、彼は、ひゃっ、と文字通りびくついた。どうやら持ち場を抜け出してきていたらしい。

「早く行って。マギエルに呼び止められたって言っていいから。あとは一人で大丈夫」

 走り去っていく背中を視界の隅に捉えながら《ランサメント》へと歩を向ける。皇国中枢でも耳目を集めていた効率のいい合理的なクレイドル。先の大戦で疲弊した皇国復興の象徴であり、現在の軍事力を如実に表したもの。

「ただデザインが《ラルウァ》そっくりなのがねぇ……」

「設計者がチョンジエン出身だからじゃないですか」

 最近どうにも後ろから声を掛けられることが増えた気がする。

 また、後ろから声がした。

「俺の機体になにか? あんたイシュタルのクルーじゃないでしょう」

「きみが《ランサメント》のパイロット? ――名前は?」

「普通、自分から名乗るもんなんじゃないんですか」

 黒髪の少年はまなじりを鋭くして言った。制服の色が目に入っていないのか、生意気な物言いに呆れつつ答える。

「私はアイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキー独立遊軍准将。プレヴァン議長の護衛として乗艦している」

「えっ……独立遊軍准将……」

「〈マギエル〉と言った方がきみのようなには通りがいいかもね」

「お、俺は正規パイロットのハヤト・ナユタです! 士官学校生じゃない‼」

 心外とばかりにハヤトはぶつぶつと愚痴りだす。

 彼にとってやっぱり制服の色は態度を改める理由にならないらしい。

 最強と謳われた〈マギエル〉相手に愚痴る新米パイロットは初めて見た。――ヴィルのように叱り飛ばしてくる新米はいることにはいたが――面白いので続けさせる。

「なんなんだよこのふねは。なんでかジェイムズ・セシルは乗ってるし、チョンジエンはいるし、おまけに議長と〈マギエル〉!」

「なんでかしらねぇ、たいへんよねぇ」

「明日が進水式だったはずなのに《アルコ》・《エスパーダ》・《ピュロボルス》が強奪されるわ戦闘になるわ――あんたたち何やってたんだよ!」

「警備の不備は確かに。それは申し訳ないと思ってる。でも《ランサメント》に乗っていながら奪還できなかったのはきみの力不足。誰にも責任転嫁できないよ」

 正規パイロットならね、と付け加えると恥じ入るように彼はぎゅっと拳を握った。

「……………………すいません、でし、た。その、口の利き方とか、も」

「どういたしまして。次から気をつけなね。人を選んでやらないといかに最新鋭機パイロットといえど一発でクビ飛ぶよ」

 黒髪をちょいちょいと撫でてやるとハヤトはまんざらでもなさそうな顔をする。

 少しだけ昔の――私をリリィと呼んだジェイムズ・セシルに似ている。微笑んでやれば照れ臭そうにはにかむ。尖って見えて本当は人懐っこい子なのかもしれない。


 ❖


 しばし二人して和んでいると、反対方向からのドアが開き議長の姿が見えた。

 その後ろに先ほど別れたチョンジエンの二人も。

 こんなに早くまた出くわすことになるとは。

 彼らの姿を見てハヤトは忌々し気に目を逸らす。私は目配せだけで会釈した。

「どうです、姫。壮観でしょう」

わらわは好かぬ。……が、議長は嬉しそうだな」

 ふねの説明をしていたらしい議長にスレイマン代表が直截に返す。本当に何もかもが癪に障るらしい。

「嬉しい、なるほど言い得て妙ですね。ようやくここまでの力を手にするだけ復興が成ったと思えば「そもそもなぜ力が必要なのじゃ」

 遮ってスレイマン代表が語気を荒くする。ジェイムズ・セシルが一応制止しようと腕を引くがその手を扇子でぴしゃりと叩いて言い募る。

「停戦の日、我らは誓ったはず。もう悲劇は繰り返さない、互いに手を取って平和と相互理解の道を歩もうと」

「ははッ、さすが綺麗事はチョンジエン中立国のお家芸だなぁ……! 現実見てモノ言えよ!」

 隣の少年が渇いたわらいを漏らす。激しい口調は揺れて泣きそうだ。

 汎用クレイドルのハンガーから、艦橋ですれ違った金髪のパイロットが駆け寄ってきて、勢いよくハヤトの頬を平手で殴った。パン、とお手本のようないい音がする。

「議長、代表、大変申し訳ございません。彼はチョンジエンからの移住者なのでこんなことになるとは――」

 ビーッ‼ ビーッ‼ ビーッ‼ ビーッ‼ ビーッ‼

『全艦に告ぐ。二時の方向にアルファを捕捉。《ランサメント》《ゾルゲ》発進準備‼』

 遮って警報が鳴り響き、薄暗かった格納庫の照明が眩く強く照らされる。ハヤトは金髪の少年を振り切って、滑り込むように《ランサメント》へ乗り込んだ。

「ハヤト! ……申し訳ございません。この続きは後ほど必ず‼」

 美しい敬礼をひとつ、少年もクレイドル整備No.518《ゾルゲ》へ滑り込む。

 ――そうか。チョンジエンから流出した人的資源の一人だったのか。亡命あるいは孤児。どちらにせよ彼の怒りは喪ったであろう親しい人への哀惜の裏返しか。

 分かってはいるのだ、私もハヤトも。

 チョンジエン中立国が掲げるような綺麗事がなければ世界が壊れることは。

 ただ、御伽噺のような綺麗事を謳いながらクレイドル開発を止めない彼らに、理性と感情がどうにも追いついていかない。

「我々も艦橋に戻りましょう。戦闘になるならば安全な場所へ」

「あ、ああ。議長に任せる。妾はどこでもよい」

「ではこちらへ。アイリス、君も」

「はい、すぐに」

 ここは大人しく犬のごとく従順に。

 もう一度だけ《ランサメント》を振り返ると、慌ただしく最終チェックされる彼の姿はやはりどこか昔のジェイムズ・セシルに似ていた。


 ❖

 

『《ランサメント》《ゾルゲ》、出撃シークエンスを開始します」

 オペレーターの宣言によって艦橋の緊張感が一気に高まる。

 条件反射で背筋が伸びた。

「《ゾルゲ》出撃します」

 白銀の機体が射出され、対アルファ・クレイドル奪還戦の火蓋が切って落とされる。

「アルファの本当の名前はなんと言うのだろうね」

「え?」

 議長が不意に呟いた。

「《ランサメント》出撃します!」

 一見汎用型に見えるクレイドルが射出され追加装備としてパーツが追従し組みあがっていく。なるほどパーツさえ組み替えてしまえば今後のアップデートにも耐えうるコスパ的にも優れた機体開発と言えるだろう。

「名はその存在を示す。偽りの名ならば、その存在も裏切りなんだろうか」

 スレイマン議長が小さく息を呑んだ。ジェイムズ・セシルが自嘲気味に目を伏せる。静かに、通る声で、議長が問う。

君。いや、ジェイムズ・セシル? 君は一体――なんだい?」

 議長のかんばせが不敵に笑む。

 故意に造られた奇妙な沈黙が艦橋を制圧する。


 様々な想いと思惑をのせて、イシュタルは。

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