#02. Magier and Knight of legend.

 かの騎士は微笑んでいた 魔女がとうに忘れた顔で微笑んでいた それが 哀しい


 戦況を映し出したモニターの端に旧型クレイドルが小さく映っている。もはや敵機となった《アルコ》・《エスパーダ》・《ピュロボルス》三機に挟まれていてなお危機を回避した先ほどの動きは尋常ではなかった。そのことをこの艦橋にいるクルーの何人が気づいているのか。目線だけを走らせて苦笑し肩をすくめた。

 イシュタルのクルーは先の大戦で前線に出たことのない経験の浅い兵も多い。緊急出動命令に対処できただけでも及第点であり、モニターの隅にいるのが英雄にして裏切り者ジェイムズ・セシル・グレンヴィルだと気づけというのは酷すぎるか。

「どうかした、〈マギエル〉?」

 アントワーヌが目敏く問いかけてくる。

 正面を向いたまま当たり障りのない嘘を返した。

「いえ、奪還目的に最後の新型ランサメント投入は尚早だったかと自省しておりました」

 すると何を勘違いしたのかクルーの一人が慌てて

「ハヤト、目的は奪還だ。制圧じゃないぞ!」

 《ランサメント》のパイロットを咎めた。

 奪還できれば御の字。奪われるくらいならいっそ制圧して壊してくれたほうがマシなところまできているのだが。まあいい。

 新米パイロットの初陣は好意的に見ても苦戦している。合流した友軍機たちも戦況を変える鍵にはならないだろうし、旧型で《アルコ》・《エスパーダ》・《ピュロボルス》三機はさすがに荷が重かったのかジェイムズ・セシルも離脱している。

 ――ここはひとつ出るしかないだろうか。

 議長の護衛という名目は彼から離れた時点で破綻している。私が出ればほぼ丸く収まる。〈マギエル〉ならこの時点での奪還・捕獲は高確率で可能だ。不安要素は愛機がここにはなく相性のいい旧型を見繕えるかどうかぐらい。

「アントワーヌ艦長、私も援護に回ります。配備されているクレイドルの使用許――「状況はどうなっている⁉」「は?」遮った声はこのふねにあってはならないものだった。

 アントワーヌ艦長が目を見開いて尖った声を上げた。

「議長⁉」

 なんでこの男は来ちゃうかな。

 戦闘中の最新鋭艦に最高権限を持つ政治家が乗艦する意味を分かっているのか。批難の目を向けると素知らぬ顔をされた。一応まずい自覚はあるらしい。

「演算速度低下‼ 予備バッテリーを出してください!」

 《ランサメント》パイロットが叫ぶ。

 ざっとモニタを観測する限り演算速度は落ちておらず、同型の《アルコ》・《エスパーダ》・《ピュロボルス》に演算能力で劣るわけもない。単純にパイロットの腕不足、と歯噛みする間もなく強奪された三機は空高く飛び立っていく。

 ここまできたらひとまずこの戦闘は完結させるしかない。

 体勢を立て直し、待機しているはずの敵母艦を追うべきだ。

 ――果たして。

 《ランサメント》のパイロットは独断で三機を追い、合流した友軍機たちもそれに倣う。最近の士官学校では命令を仰ぐことも教えないのか。

 小さく舌打ちしたアントワーヌが

「今、《ランサメント》まで失うわけにはいきません。《ランサメント》の保護を最優先。第二に強奪三機の奪還および敵母艦の鹵獲ろかくとする。総員イシュタル発進準備‼」

「もう我々の出る幕ではないですね。議長、下船しましょう」

「いや――――そうだ、私には義務も権限もある。《ランサメント》収容まで同行を許可してはもらえないだろうか」

「議長――」

「君もそのほうが色々と都合がいいだろう、アントワーヌ。もしもの時はこの〈マギエル〉がいる」

 勝手にひとをダシにして、なにか閃いた様子で議長が下船を拒む。アントワーヌが値踏みするように私の頭のてっぺんから靴までを数回見て

「分かりました。ただし御身の安全は保障できません」

 はあ、と盛大な溜息をついた。

 まあ確かにお飾りのふねかと思って引き受けたら進水式前にすわ開戦かという渦中に巻き込まれたのだ。多少同情はする。

「目標を以後、アルファとします」

「先に《ランサメント》ではないのかね」

たすけるためにまず敵母艦を討つんです」

 即座に返されても悪びれた様子さえ見せず、議長は興味深げに艦橋でモニタを観察している。その横顔に、ああと得心がいく。クラーク隊長に似ている。

 部下の生死はどうでもよく戦場ゲームでいかにうまく駒を動かし勝利するかだけが基準だった、氷の目に似ている。

 瞬間、立っているのもやっとの衝撃がイシュタルを襲う。

「敵空母、なんらかの物体を射出。イシュタル右舷に着弾した模様‼」

「煙幕で逃げるとは古風な手を使うわね。……ハヤト、もうおしまいよ」

「艦長‼ 《アルコ》・《エスパーダ》・《ピュロボルス》が」

「態勢を立て直すと言ってるの! 命令よ、帰投なさい‼」

 敵母艦は予備の脱出用シャトルを自爆させ、我々を撒いたようだ。

 レーダーで捕捉できなくもないが、イシュタルを早々に損傷させるわけにもいかないので、やはりここはひとまず幕引きだろう。《ランサメント》と友軍機もようやく帰投する。


 ❖


 コンディション・イエローに移行し、場を離れても咎められることはなさそうだったので、外の空気を吸おうと艦橋を出る。

 すれ違いざまに金髪の青年が艦橋へ入っていく。先ほど帰投した友軍機のどれかのパイロットだろう。整った、けれどどこかで見たような顔立ちをしている。私に一礼して――そして議長の姿に驚く声がした。まあそれはそう。


 士官室のある階層まで階段を下りながら、余計な昔のことが次々と思い起こされる。

 ディディと出逢って、ジェイムズ・セシルたちがクラーク特飛隊に配属になって、それからすぐディディが死んで……ロンギヌス特飛隊とグレンヴィル特飛隊が発足して、チョンジエン潜入作戦中にテオが死んで、ジェイムズ・セシルとペドロが捕虜になった。そして中破し生死の境を彷徨いながらも情報を持ち帰ったヴィルが白服の【肩章付き】になってヴァルトシュタイン特飛隊が発足。

 そのあとも殺して殺されて――

 憎しみを慰めるには短すぎる三年だった。

 停戦前最後の大作戦となったサンクティオ作戦はクレイドルと核、生物兵器戦がハイブリッドされた最低最悪の泥仕合だった。

 どちらかの民族が最後の一人になるまで戦いかねない空気の中、クラーク隊長が《ラルウァ》に墜とされた。

「〈マギエル〉、お前は生きてみるといい。この世界に本当に絶望しかないのか」

 果てしなく無責任で身勝手な呪いを残して、虚空に霧散していった。

 皇女アウローラ・ディ・スフォルツァが停戦条約に調印する二日前のことだった。


 ❖


 停戦後、ペドロが戻ってきて議長による「若手軍人への恩赦」でヴァルトシュタイン隊に復員した。それでも。ジェイムズ・セシルは帰ってこなかった。

 あれだけ仲間を殺され、奪われ、欺かれてなお、言葉ばかりの中立チョンジエンの代表補佐であることを選んだ。

「チョンジエンもジェイムズ・セシルも許さない」

 痛いくらい左手の指輪を握りしめる。蛍光灯にトパーズが柔らかく瞬く。

「ジェイムズ・セシルを許さない」

 リノリウム張りの士官フロアに足を踏み入れると、目の前に代表が立っていた。

「お前は――プレヴァン議長の護衛の」

「スレイマン閣下。チョンジエンにお戻りではなかったのですか?」

わらわのことはエジェと呼べ。妾もアイリスと呼ぶ。の知り合いであろ? 先ほどシシィから聞いた。凄腕のパイロットだと」

「シシィ……」

 偽名を使っているのか。それとも愛称か。確かにグレンヴィルの名は生きづらかろう。笑顔のエジェの背後に硬い表情のジェイムズ・セシルとイシュタルクルーが控えている。

「閣下、ご冗談を。私の知り合いに裏切り者はおりません」

「アイリス……」

「お部屋にご案内中だったのでは? 今日はお疲れでしょう。安全を確認しだい、チョンジエンへの快適な帰路をお約束いたしますのでゆっくりお休みください」

 一礼して足早に通り過ぎる。

 ジェイムズ・セシルの傷つき寂しげな顔なんて見ていない。

「ごめん、アイリス、俺――!」

 今さらなんだと言うんだ。裏切ったくせに。戻ってこなかったくせに。

 なのに傷つく顔を見てもすっきりしない。くやしい、すごくくやしい。羨ましいなんて言わない。選ばれて、守られる、あの無邪気すぎるお姫様を妬んだりしない。

 ジェイムズ・セシルはみんなを殺したんだ。自分の家族や、好きな人、そしてジレンマと引き換えにみんなを見殺しに――あるいは直接殺した。

 元気そうでよかったなんて思わない。久しぶりに会えてよかったなんて。


 決して、許しはしない。


 ❖


「あ、わ、すみません!」

 優しい声だった。注意力は少し散漫でよく廊下の角でぶつかった。天然で正義感が強くて、少しナイーブで思い詰めやすい子。

「だれ、きみ。見ない顔だね」

「今期より配属されましたジェイムズ・セシル・グレンヴィル大尉です」

 グレンヴィル議長の子息かと思いはしたけれど、生まれてから嫌というほど言われているだろうからあえて家名には触れなかった。

「そう、私はアイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキー特務少佐。アイリス、〈マギエル〉、リリィ、どれでもお好きにどうぞ」

「よろしくお願いいたします」

「十回に九回はリリィって呼んでいいから」

「いや、そんな九割も……」

「冗談だよ。死なないようにね、期待のルーキー」

 曲がり損ねた角を曲がる背中に聞こえた大声を、実は今でも、覚えている。

「り、リリィありがとうございます! 頑張ります、俺」

 振り返ると耳まで真っ赤にして息を切らせたジェイムズ・セシルがいた。よほど恥ずかしかったらしい。


 本当の本当は大好きだったよ。

 自慢の後輩で、大切な仲間で、弟みたいに思っていた。

 ディディもそう思ってたって知ってる。

 だから、大好きだから。余計に許せない。

 みんなを殺した連合ユニオンやチョンジエンの奴らとあの日の笑顔で笑ってるきみが。


 大好きだけど、死ぬほど嫌い。

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