白い闇05 ―テオ・コンティ―
はじまりは どこにでもあって どこにもない 運命
「こんにちは。僕はテオ。テオ・コンティです」
クラーク特飛隊に配属されて一週間。
初めて見る白い【肩章付き】の人がいた。
僕は、僕と三人の同期、そして隊長以外の【肩章付き】を見たことがなかった。
長い艶やかな黒髪と白い端正な顔立ちから女性であることはすぐに知れた。
「……アイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキーです」
その人はなぜかとても驚いて、そしてすぐに絵画みたいに綺麗な笑顔で名乗った。少しだけハスキーで甘い声。アイスブルーの
「別に〈マギエル〉でもいいけど」
「〈マギエル〉……」
高名すぎる通り名にその人は僅かに眉を揺らした。
本意ではないんだな、と僕はその表情を解釈して
「よろしくお願いします、アイリス」
呼んだ。
ハッとしたような顔をした後、今度ははにかんだように笑ってくれたので、それでいいのだと思った。
僕は姉のように優しい彼女がすぐに大好きになった。
❖
「今回の作戦には〈マギエル〉も参加する。気を引き締めていけ。――ブランドゥングで
クラーク隊長とアイリス。モニターに映し出される
常なら静かな作戦会議は新型クレイドルと〈マギエル〉の名に反応してさんざめく。舌打ちがどこからか聞こえた。その舌打ちが誰のものか分からないまま、直後に響いた鈴の声音に意識を持っていかれる。
「ブランドゥングへの出撃はジェイムズ・セシル、ヴィルヘルム、テオ、ペドロが先陣を」
後衛にディートリヒやその同期を指名して、航空図をアイリスの指示ポインターが指す。クレイドルの各配置図がそこに重なると、前衛の僕たちより更に前にMagierの文字があった。
「私が最終的な工廠確認後、出撃命令を出します。
再びざわめいた室内にまた小さな舌打ちが聞こえた。
今度は誰のものか分かる。
ディートリヒと目が合って、こっそり「しー」と人差し指を立てられた。
ほぼ同時に忌々しそうに「いっそバレてもいい」くらいの舌打ちが鳴る。
ヴィルのものだと知って僕は驚いた。
三人を結ぶ図形が薄っすらと浮かんで、僕にはそれが微笑ましく、平和だとすら思えた。
――ずっと続けばいい、なんて思った僕が罰を受けなくては。
❖
「ブランドゥングの工廠はチョンジエンが絡んでいるみたい」
「中立と言いつつ狸だからな。
アイリスの言葉をクラーク隊長が継ぐ。
まるでパートナーのような息の符合。〈マギエル〉と畏怖されながらも彼女の周りにはたくさんの人がいていつも眩しかった。
「ジェイムズ・セシルを筆頭にAチーム、ヴィルヘルムを筆頭にBチームを展開。新型クレイドルの奪取を最優先とします。工廠周辺の制圧・監視システムへの侵入はディートリヒたちをサポートとして追加投入。新型は奪取できなければ破壊。何としてもローンチだけは阻止。異議はない?」
凛と言い渡すアイリスの作戦に不備はない。
彼女は努力してアップデートもする天才だから。
負けない。彼女の参加した作戦は失敗しない。
皇国に脈々と伝わる〈マギエル神話〉は崩れない。
「にしても、
「貴様は馬鹿か。そのためにアイリスがシステム弄ってるんだろうが」
「まあそーだけど。てか、間に合うと思う?」
「信じろ。アイツの仕事に失敗はない」
ディートリヒが言い切ってヴィルヘルムが苦々しく溜息をつく。
出撃直前だというのに僕らの緊張感は接触不良だ。
大丈夫。僕たちは皇国の【肩章付き】だから。
大丈夫。アイリスは〈マギエル〉だから。
大丈夫。僕たちは――――
❖
ディートリヒが言った通りアイリスが指定した時刻にセンサーが解除され工廠は丸裸になった。立ちはだかるのは
《新型クレイドル 整備No.207トゥオーノ》。それが工廠から奪った僕の新しいクレイドル。真っ黒なゆりかごはアイリスの機体とお揃いの色だ。
「さて、Bチームお疲れ。最近作戦続きだったし、今日は休んで次に備えて」
「貴様に言われずとも勝手に休む」
「さすがに勝手には休まないでよ。私が指揮官なんだからさぁ」
「すぐサボる奴に言えた立場か」
ヴィルヘルムの憎まれ口の裏を知っている僕としては、呆れるけれど微笑ましいとも思う。
そう僕が、このまま続けばいいと。アイリスの幸せを願えなかったから。
ディートリヒとアイリスはあんなに想いあっていたのに、僕が歪な形を望んだから。だからディディは還ってこなかった。
僕が彼女の幸せを祈っていれば、結果は変わったかもしれないのに。
「ファルクス以下三機撃墜はほぼ確定、ディートリヒもクレイドル大破‼」
「ディートリヒ、マシュー、アデルはいったん帰投、再出撃準備。重作戦装備を許可‼」
「最後の一機、奪えなければ墜として‼ 使わせるわけにはいかないの!」
慌ただしくブランドゥング壊滅までのカウントダウンがなされるのを待機室で見ていた。心配そうな顔でディートリヒを見送るアイリスを、
「さっきディディのクレイドルが大破したとき、ヴィルはどう思いました?」
「何が言いたい、テオ」
「ディディが生きていてよかったなぁって思えました?」
ヴィルヘルムの眉が跳ね上がる。それこそ僕を殴り倒しかねない勢いで。
同じく同期のペドロが咎める視線を僕に向けて初めて、僕は自分の失態をぼんやり自覚した。
いけない。いけない。興味本位で悪趣味に立ち入りすぎた。
ここで生き死にを語るのはタブーなのに、僕としたことが。
「愚問だな。奴が死ねば、あいつは悲しむ」
「ヴィルは本当にアイリスが好きなんですね」
半ば感嘆の息を漏らすと、うるさいとヴィルが嫌そうに顔をしかめた。
今から思えば不謹慎すぎた。こんなこと聞かなければディディとアイリスは幸せになれたかもしれないのに。
「――――だが、奴がいなければ。と思ったことがないと言えば嘘になる」
「ヴィル」
「満足か? アイリスには絶対言うなよ」
僕の好奇心に答えただけなのにヴィルヘルムは自分を責め続けた。ずっと、ずっと、ずっと、責めて責めて責め続けた。ジェイムズ・セシルはディートリヒを救えなかった自分を、ペドロは傍観に徹した自分を、それぞれが責め続けた。
❖
「マシュー、ロスト!」
「……アデル! アデル聞こえるか‼ ……アデル、ロスト! ちくしょう、あの新型どうなってんだ⁉」
白い新型が僕らの仲間を虚空の渦へ融かしていく。その緊迫した様子をモニターで見ながら、僕たちは薄っすらと最悪の事態を感じ始めていた。
待機場のガラス越しにアイリスのいる司令室が見える。
「ディートリヒ、ロスト‼ ――ジェイムズ・セシル、今すぐ帰投しろ! もういい‼」
「ちっくしょう、なんなんだよ、あのクレイドルは⁉」
僕らのクレイドルより明らかに高速で、素粒子分解速度も異常値だった。
触れた瞬間から何もかもが素粒子レベルに分解されてエネルギー変換され自己爆発を起こす。僕らの仲間は強制的に原子爆弾化されたようなものだ。
あんな化け物は今までいなかった。
都市部のほとんどを
僕があんなことを訊いたりしなければ。
自分を際限なく責めながら、真っ白になった脳内で、せめて僕は彼女のためにこの命を使おうと決めた。
「くそが……ッ‼‼‼」
壁に拳を叩きつけたヴィルヘルムがきっとあの新型を討ってくれるから。
僕はアイリスが無茶をしたり後を追ったりしないように、望まれずとも傍にいよう。それがせめてもの償いだ。
ガラス越しに
ずっと、ずっと、責め続けた。
新型のパイロットと同じくらい、僕はディートリヒを責めていた。
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