白い闇03 ―アウローラ・ディ・スフォルツァ―

 はじまりは どこにでもあって どこにもない 運命


 わたくしたちは、いつでも一緒ですわ。

 どこにいても。いつでも。

 離れていても心は繋がっています。

 わたくしはアイリスのお傍にいます。

 アイリスはわたくしの片割れ。わたくしはあなたの半身。たとえ血は繋がっていなくとも、双子のように、わたくしたちは痛みを分かち合える。


 ❖


「どうしても行ってしまわれるのですか?」

「まだ、少しだけ迷ってる……けどたぶん私は行くよ、アウローラ」


 ――わたくしがアイリスと出逢ったのはいつだったか。

 わたくしはお母さまを亡くしたばかりで、あなたは軍に拾われたばかり。お父様に連れられて行った、厳重に警備された皇国軍本部の中。厳めしい顔をなさった軍人さんはわたくしに「皇女殿下、ここから先は大変危険でございます。ゆめゆめにはお近づきになりませぬよう。離れた場所からご覧ください」と言い含めて扉を開けてくださった。広い広いお部屋は真っ白な光が痛いくらいに眩しかった。

 ねえ、アイリス。あなたは独りで膝を抱えて座っていたのを、憶えていますか? 何も映さない、哀しいくらい強い目で、あなたはわたくしを視た。

 なぜかわたくしはみなさんが制止するのも構わず駆けだして、あなたに手を伸ばして頬に触れた。アイリスはそれを当然のように受け止めて、柔くわたくしの指先を握った。

 さみしくて。誰にも言えないけれど、本当は、本当は叫び出したいくらいさみしくて、たまらなくて。わたくしたちは引き合うように抱き合って泣いた。

 あの日から。

 ずっと一緒だったでしょう? アイリスが戦いで連合ユニオンの彼方の虚空へ行ってしまっても、わたくしが誰もいない神殿でひとり祈り歌い舞っているときでも。一番近くにいたのに。ずっと一緒だったのに。


 ❖


 わたくしたちが出逢ってしばらくして、最終決戦かとも言われた大規模な戦闘・スヴァローグ攻防戦のあとアイリスは戦えなくなった。

 優しい心は人を殺めた罪で重く蝕まれて、軋んで今にも壊れそう。

 暖かなガラスの温室で癒えるのを願いながら、もう戦わなくていい、もう戦わせないでと何度も神様に祈った。

 わたくしにはあなたの痛みが分かるから。それ以上傷ついたりしなくていいから。

 その分、わたくしが強くなるから。

 いつか皇国の頂点に、そして連合ユニオンとの平和の礎を。

 あなたが傷つかなくていいように、わたくしが強くなるから。


 ❖


「戦って、また傷ついて、得るものはあるのですか? アイリス」

 わたくしの質問に、あなたは僅かに微笑んでゆるゆると首を振った。

 わからないな、と。

 行かないでとは言わない。あなたが決めたことなら、わたくしは。

「私さぁ、今でも夢に見るんだよね。家族を殺された夜のこと」

「……アイリス」

「でも、私だって誰かに同じ思いをさせてるんだよ」

「いいえ……! いいえ!」「アウローラ」穏やかな声がわたくしを押しとどめる。「本当のことだし、とても怖いよ。殺すのは、怖い」

 ふ、とアイリスがまた小さく自嘲気味に微笑んだ。そっと白い指が、わたくしの青ざめているだろう頬を撫でる。わたくしとあなただけの合図。さみしいと言えないわたくしたち二人きりの。

 こわいとあなたが泣くから。わたくしはあなたが好きだといった歌を歌う。

 戦場で魔女だと謳われようと、世間で巫女姫と崇められようと、わたくしたちは生身の子どもでしかない。ただの未熟な人間でしかない。無力な爪先が、強いられた背伸びに悲鳴を上げて血を流す。

「こわいのなら、どうして行ってしまうの?」

「まもりたいの」

「――誰、を?」

 行かないで。わたくしとアイリスはずっと一緒だったのに。わたくしの心もあなたの心もどこにいても繋がっていたから、だからわたくしは強く在れた。

 なのにどうして、アイリスがとおい。

「アウローラを、他の、守れるだけ多くの人を」

「アイリス、わたくしは……」

「私、クレイドルに乗るよ」

「アイリス」

「そう、気づかせてくれた人もいるから」

「その人が、大切なのですね」

「――アウローラと同じくらいね」

 あなたはもう独りぼっちではなくなって、わたくしとの凹凸は埋まらない。

 さみしくなっても、あなたはわたくしではなく、きっとその人を思い起こすのでしょう。

 かなしい。

 そう思うのはわたくしのエゴ。だから決して言葉にはいたしません。

 あなたがわたくしと取り残されたあの眩いだけの空白から抜け出せるのだから。

 祝福の代わりに。

 わたくしは初めて精一杯の嘘をあなたに捧げましょう。

「わたくしはお気になさらず。あなたはあなたの大切なものを護ってください」

「アウローラ」

「わたくしは大丈夫ですわ、アイリス。あなたが思うより巫女姫は強いのです」

 ね?

 茶化して拳を突き上げてみたら、あなたはやっところころとわたくしの大好きな笑い声をあげてくれた。大丈夫。わたくしが強くなるから。


 ❖


 わたくしたちは、いつでも一緒ですわ。どこにいても。いつでも。

 離れていても心は繋がっています。わたくしはアイリスのお傍にいます。

 アイリスはわたくしの片割れ。わたくしはあなたの半身。たとえ血は繋がっていなくとも、双子のように、わたくしたちは痛みを分かち合える。

 これはわたくしからアイリスへの、精一杯の、さようなら。

 あなたの行く道が明るいものであればいいと願っているから。

 わたくしはここでずっと祈っているから。

 だから、せめて。

 涙するときは、少しでいい、わたくしの傍で。

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