アホみたいに終わる

第24話 今度はたぶん大丈夫

 エレナさんと一線越えた日から、明けて今日。

 私は今ギルド本部で、ラニヤン姉妹と待ち合わせている。

 昨夜立案した作戦をさっそく実行せんと、こちらの方から呼び出したのだ。

 行くダンジョンの手はずも、すでに整えてある。受付の人とあれこれ相談して、ちょうどよい塩梅のミッションを手に入れたのだ。

 これから向かうダンジョンのボスは、双頭の魔犬オルトロス。

 まあ問題なく倒せる程度ではあるが、自爆攻撃しかけても不自然ではないぐらいの、ちょうどいい強さのモンスターだ。

 キュークラッカーを投げるシミュレーションもばっちりだ。

 資料室でオルトロスの生態について調べ直し、絶命する直前の咆哮がどんなものかも把握した。そのタイミングでクラッカーを炸裂させればいいわけである。

 準備は整った。あとは、作戦を実行に移すだけだ。

 そしてこうやって色々手間をかけると、なんとなく、作戦も成功するような気がしてくるのが不思議だ。

 昨日は「成功したらもうけもんかな」って気分だったのに、「まあいけるっしょ」ぐらいのテンションになっている。

 これはやっぱり、苦労したぶん報われてほしいという願望のあらわれなんだろう。この感覚、ひさしぶりだ。

 思えばこの十年間、なんの苦労もない暮らしだった。

 努力や忍耐といった言葉とは縁遠い生活だった。

 そしてそれは、あんまり大きな声では言えないが、最高だった。努力不要の無職サイコー。無職バンザイ。そんな喜びを抱いて暮らしてきた。

 そんな努力嫌いの私が、「可能な限り寝ていたい」を生活信条としている私が、能動的におせっかいを焼こうとしている。珍しいこともあるもんだと、われながら思う。

 まあ、柄じゃないことしている自覚はある。

 正直、最初はここまでやるつもりもなかった。こんな、わざわざ作戦立てて一芝居うって告白させようだなんて。

 でも、しょうがない。

 色々あった結果、ラニヤン姉妹に情が湧いてしまったのだから。美人姉妹のイチャイチャが見たい、以上の気持ちがすでにある。

 エレナさんとミレイちゃんには幸せになってほしい。それが私の、今の偽らざる気持ちだ。恥ずかしながら。

 それにはひとえに、こいつにかかっている。このこけおどしのキュークラッカーに。

 懐から取り出し、ローブのすそでほこりを払う。

 まずはラニヤン姉妹に、こいつを自爆アイテムと信じ込ませるところからスタートだ。

 緊張する。話術で人を騙すとか、正直苦手だ。彼女達がキュークラッカーの存在を知っていたらその時点でアウトだが、まあレアアイテムだし、それは大丈夫だろう。

「あ、キュークラッカーだ。」

「馬鹿な?!」

 背後からヒョイと顔を出したミレイちゃんが、いきなりなことを言った。おしまいだ、何もかも。もうだめだ。

「おはようございます、テスさん。何が馬鹿なんですか?」

 ワナワナと震えている私の気持ちを斟酌せず、ミレイちゃんが普通に挨拶してくる。たった今、仲間の計画がオジャンになったことに気付いていないらしい。ほんとにこの子は。人の気も知らずに。

「あー、おはようミレイちゃん…。いやなに、ちょっとね…。てゆうかキミ、これ何か知ってるんだね…。」

「え?あ、はい。キュークラッカーですよね。派手に爆発するけどノーダメージっていう。通称こけおどし爆弾。」

「正解…。」

 知っているのは名前だけという可能性にすがっていたが、それもだめ。やっぱだめ。だめだこりゃ。

「アイテムの性能は一通り、頭に叩き込んであるんですよ。姉さんが覚えないから、必然的にボクが覚える係になったっていうか。で、そのキュークラッカーが何か?」

「…別に、なんでもねっす。」

「はあ。」

 テンションがた落ちした私の様子を見て、ミレイちゃんが小首を傾げる。いいんだ、もう何も言うな。

 しかしこうなったら、なんのためにダンジョンに行くのかわからない。行く前からこう言っちゃなんだが、もう帰りたい気分だ。

「あれ?ほんで、エレナさんは?姿見えないけど。」

「ああ…。たぶん、もうすぐ来ると思います。」

「ん?」

「いや、今日はちょっと、別行動で来たんです。」

「ほーん。珍しいね、いつも一緒の仲良し姉妹が。そんな日もあるんだ。」

「まあ…。」

 とどうでもいい会話をしながら、不意に、私はあることに気付いた。

 さっきミレイちゃんは

「姉さんが覚えないから、必然的にボクが覚える係になった」

 と言った。

 じゃあ、エレナさんはキュークラッカーのこと知らないんじゃないか。

 私の計画は、別に二人とも騙す必要はない。本当は両想いなんだから、どっちか片方が告白すれば、ハッピーエンドになる算段だ。

 だったら、エレナさんだけに狙いを絞ればいいんじゃないか?

 そうだそうだ、その手があった。いいぞ私。めずらしく冴えているぞ。って、昨夜も似たようなことをひとりごちていた気が。まあいいや。

「あ、あのさ、ミレイちゃん。」

「はい。」

「突然こんなこと言うと変に思うかも知れないけどさ、このキュークラッカーのこと、お姉さんには内緒してくれる?」

「は?なんですか、急に。一体何を企んでいるんです?」

 ミレイちゃんが怪訝な顔をする。さすがにちょっと、脈絡がなさすぎたか。自分の思いつきに興奮して、話の前後関係なくお願いしてしまった。

「いやいやそんな、企んでいるだなんて滅相もない。これはキミにとっても、けして悪い話じゃないんでやんすよーキヒヒ。」

「……。」

 ついつい焦って、よけい怪しい口ぶりになってしまう。ミレイちゃんの眼差しは冷たくなるばかりだ。

「あ、いや、マジでマジで。実はこれ、例の件のことでさ。こいつを使って、ちょっとエレナさんの気持ちを確認しようと思って。」

「え、あ…。」

 ミレイちゃんの表情が変わる。疑ったことを恥じたのか、気まずそうな顔つきになる。うむ、わかればいいのだよ。

「あの、テスさん…。」

 ミレイちゃんが、うって変わってしおらしい態度で話しかけてくる。照れて、もじもじした感じで。うい奴め。

「ん?なーに大丈夫大丈夫、心配ご無用。何もかも私に任しときなさいって。」

「いや、そうじゃなく、ええと…。」

「ん?」

「テス様―!お待たせしましたー!」

 と、エレナさんがやってきた。

 いつも通り、明るく朗らかな笑顔だ。先日のエロさの余韻は微塵もない。なんという切り替え力か。こういうのが、本当の大人の女性ってやつなんかね。

 すると次の瞬間、妙なことが起きた。

 ミレイちゃんが、姉に対して、くるりと背を向けたのだ。

 そのとき私は、ちょっと変だなと思っただけだった。

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