第23話 幸福な自爆

 と、まあ。

 レストランで、柄にもなくマジな話をしたのち。自宅に戻り、私はしばらくベッドでうだうだしていた。

「さーてさてさて、はてさて、はてさて…。」

 寝っ転がりながら、今後の作戦を考える。

 レストランでの作戦は、あんまし思うようにはいかなかった。

 想定外のことが多すぎた、というのもある。まさかあの店がああいった趣向だとは知らなかったし、エロい展開になるなんて思いもよらなかった。

 でも一番意外だったのは、エレナさんの、妹に対する自制心の強さだ。想像以上に、強く気持ちを押さえつけているようだった。

 妹に欲情していることがばれたくない。

 妹が、自分に恋愛感情を抱くわけがない。

 その二つの思いが、エレナさんを頑なにしているようだった。一歩踏み出せば、望むものが手に入るってのに。

 一応けしかけてはみたけれど、しないでしょう、告白。あの感じでは。最初で最後、という件に関してはけっきょく納得してくれたけど。

 私の言った、

「こういうことするのは、あなたに本命の恋人ができるまで。」

が一発で意味通じなかったのも、きっと…。彼女にとって「妹と恋人になる」っていうことが、絶対起こりえない事態っていう固定観念があるからだろう。

 まあ後の展開を思い出すと、単なるセフレ志願発言だと取られた節もあるが。

 エレナさんのセフレ。

 正直やぶさかではないというか大歓迎というかだが、きっとミレイちゃんが悲しむだろう。そうなっては本末転倒だ。

 エレナさんと今回っきりの関係にしたのは、ラニヤン姉妹にとってもいいことだろう。そういうことだと信じたい。でなきゃ、この「あーやっぱもったいなかったかなあ?!」という後悔のやり場がない。

 ともあれ。

 ここまできたら、もうどうあっても、ラニヤン姉妹には恋人同士になってもらわねば困る。

 だってそうでなきゃ、私の気持ちが収まりつかないし。

 そんな彼女達をくっつけるには、もっと強力なプッシュが必要だ。もっと派手で、劇的なやつが。絶対告白せずにはいられないような作戦が。

 そしてその作戦は、すでに考案してあるのだ。てゆうか、ついさっき思いついたんだけど。そいつで次こそハッピーエンドだ。

 でもなんか、私が思いつきを実行するたびに、事態がややこしくなっていっている感もある。けど、まあ、気のせいだろう。ポジティブシンキングだ。きっと何もかもうまくいくに違いないのさ。

 てゆうかぶっちゃけ、エレナさんに

「こないだシトリィミラーでミレイちゃんの願望見たんだけどさー。これこれこーゆー感じだったよー。よっ、この妹たらし!にくいねーこのー!」

って報告すれば、一挙に解決する話ではある。

 でもそのやりくちは、なんだか人道に反するというか。後に禍根を残しまくる予感がする。やめといたほうがいいだろう。

 私がさっき思いついたアイディアは、そんな情緒もへったくれもないような代物ではない。もっと穏当で、かつドラマチックな感じだ。

 さあ、新たな作戦の始まりだ。

 よしっと気合を入れ、ベッドから飛び降りる。さっそく行動開始である。

 部屋のすみにある、いろんなガラクタを放りこんである箱。そいつを手に取り、ひっくり返す。

「えーと…。お、あったあった。」

 ガラクタの山から、灰色の小さな玉を拾いあげる。

 この玉の名は、キュークラッカー。

 十年前に購入したレアアイテムだ。昔は普通に販売していたのだが、生産中止になって、結果的にレアアイテムになった。

 なんで生産中止になったのかと言えば、役立たずだからだ。

 このアイテムは、使うと派手な爆発を起こす。

 しかし派手なのは見ためだけで、全くダメージを与えられない欠陥品なのだ。正にこけおどし。

 それならそれで、目くらましに使えるじゃないか。そんな意見もあるだろう。

 ところがこいつ、原材料が貴重だからバカ高いのである。お値段が。一個でなんと十万マニィ。目くらまし一発に十万も払うやつはいない。

 結果、わずかな金持ちが気まぐれに買っただけで、あっという間に市場から姿を消したのである。

 まあこいつを買えるくらい、私の所属していたパーティは景気がよかったってことだ。過ぎ去りし栄光よ。

 で、結局使い道もなく、十年間ガラクタ箱の中で眠っていたわけである。よく考えたら、箱の中で暴発しなくて本当によかった。

 役立たずのキュークラッカー。次の作戦は、こいつを利用する。名付けて、幸福な自爆大作戦。

 想定している段取りは、以下のような感じだ。

 まず、ダンジョンでラニヤン姉妹に嘘をつく。キュークラッカーを、とんでもない威力の爆発物だと主張する。

 敵に大ダメージを与えるかわり、自分も負傷する自爆武器。

 しかも、クリスタルの加護が通用せず、生身の肉体が傷つく激ヤバなアイテム。

 そんなでたらめを吹き込む。十年前のレアアイテムだから、よもやバレることはないだろう。

 しっかり信じ込ませたら、ボス戦でこいつを使用する。自爆でボスをやっつけたように錯覚させる。

 と言っても、実際はノーダメージ。なので、倒した瞬間にワッと懐に飛び込んで爆発させ、さもキュークラッカーで倒したように見せかける。

 当然そのあとは、瀕死状態になったように装う。

 となると必然的に、ラニヤン姉妹は尊敬の目で私を見る。仲間のために、わが身を犠牲にして強敵を倒したヒーロー。そう思うことはまちがいない。

 瀕死の(ふりをした)私は、彼女たちにこう言う。

「エレナさん。ミレイちゃん。私はもうだめだ。でも死ぬ前に、ひとつだけ聞かせてほしい。キミ達の本心を。」

 と、息も絶え絶えに伝えて、二人に告白をうながす。

 優しい二人のことだ、よもや命の恩人の遺言(うそだけど)に逆らう真似はしないだろう。私の言葉に従い、二人は自分の本心をさらけ出す。すなわち、お互いに相手が好き、ということを。

 めでたく両想いってことを確認したら、私も「実は自爆は演技だったのだよ」とばらし、復活。

 ハッピーエンド。

 というシナリオである。

 こうやってあらためて段取りを整理してみると…。

 われながら、いまいちな作戦である。

 いかに自分に激甘な私であっても、「いやこれ無理っしょ」という感想が湧いてくる。見積もりの甘さが否めない。

 特に、一番大事な最後のくだりが強引だ。

 その状況で「本心を」と言われて、果たして、姉妹に告白しようってなるだろうか。瀕死の恩人差し置いて。私に対する感謝やら何やらが先にきちゃう可能性もある。

 特に、空気を読まないミレイちゃんが

「『本心を言って』とおっしゃるなら言いますが、ボクはずっとあなたのこと、まあまあ下に見ていました。」

などと、求めていない本音を白状しかねない。

 でもまあ、何も双方に告白させる必要もないわけだ。すでに本当は両想いなわけだから、片方だけにでも告白させれば目論見は成立する。

 本日ああいったやりとりをしたエレナさんが、「ははーん例の件だな」と勘づいて、こちらの想いをくみ取ってくれる可能性もある。それに賭けよう。

 まあ、ダメだったとしても、そのときはそのときだ。また次、別の作戦を立てればいいでしょ。

 考えるのが面倒臭くなった私は、脇腹ぽりぽり掻きつつまた寝床に入った。なるようになるさ。


 ベッドに横たわって、数時間が経過した。

 疲れているはずなのに眠れず、布団かぶってモゾモゾしている。

 すると、さっきのエレナさんとの情事が、ぽわーんと脳裏に浮かんできた。

 おやまあ、と自分でびっくりする。

 ここ数年、ベッドの中で頭に浮かんでくるのは、元カノのことばっかりだったのだ。

 というと、

「なんか不可抗力みたいな言い方してるけど、自分で妄想してるんでしょ?自主的に元カノのこと考えて、むらむらもんもんしてるんでしょ?」

と無粋なことをおっしゃる人も出てくるだろう。

 でも、違うのだ。ほぼ不可抗力なのだ。

 寝る態勢に入ると勝手に、元カノの顔や体が、ぽわわわーんとまぶたの裏に浮かんでくるのだ。無意識に。自動的に。オートで。

 これはもう、一日のメイン業務が「妄想」と「ゴロ寝」である無職の、職業病といってもいい。自分じゃ止められやしないのだ。

 当然、夢では必ず元カノが出てきた。

 毎晩夢の中で抱き合っていた。起きたあと、ときどき少し泣いたりした。めそめそと。

 別れた当初は、まあこうなるのはしょうがないと納得していた。

 あの娘のことが忘れられないのはしょうがない。夢に見ちゃうのはしょうがない。でもちょっとずつ、こんな気持ちも薄れていくんだろう。そう思っていた。

 ところがどっこい、そいつが十年経っても続いた。挙句、もはや当たり前の日常と化していた。

 こりゃーもうだめだ。

 きっと死ぬまでこんな感じなんだ。私は。

 とあきらめていたところに、今のこの状態である。脳裏によぎるのは、エレナさんの顔や体やテクニックばかり。元カノの顔は引っ込んだっきりだ。

 まさかこんな夜が訪れようとは。自分のことながらびっくりするのも、無理はないというか。

 十年ものの妄想を打ち破るほど、刺激的な日だった。そういうことなんだろう。嬉しくもあり、寂しくもあり。

 この分だと、今夜見る夢にも、エレナさんが出てきそうだ。もしそうなったとしたら、実に十年ぶりに、元カノ以外の夢を見ることになる。なんだろう、それはたぶんいいことのはずなのに、なんだか心がざわざわする。

 ああ、そっか。ひょっとすると…。

 私が無職の道を選んだのは、夢で元カノと会えなくなることを、無意識に恐れていたからかもしれない。夢が変化することを恐れ、刺激が少ない生活を選んだのかもしれない。

 私が無職だったのは、全てこれ、愛のなせるわざだったのだ…。

 って、本当かぁ?そんなことないだろ。働くの嫌だっただけだろ。

 危ない危ない、自分のうそに自分が騙されるところだった。


 で、結局。

 その日の夢には、やはり元カノは登場しなかった。

 なんか、パンに塩かけたらどんどん紫色になっていく、というだけの変てこりんな夢だった。

 元カノはおろかエレナさんすら出てきていないが、それは私の責任ではない。

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