第22話 真面目なシーンは今回までだよ

 てゆうか本当になんの音だ。

 そういや最初に受付で、ラストに鐘がなんちゃらって言っていた気がする。でも聞き流していたので、全然覚えていない。

「あ、もう時間みたいですねー。」

 残念そうにエレナさんが言う。昔よく来ていただけあって、私よりお店のルールを把握しているようだ。

「時間って?」

「今の、利用時間終了三十分前に鳴る鐘です。予鈴ってやつですねー。二回鳴る前に出ないと、延長料金取られちゃうんです。」

「ほーん。でも、三十分前ならまだよくない?」

「そんなの、ばたばたしちゃって楽しめないですよー。続きはまた今度にしましょ?」

「え。」

 また今度。

 当たり前のように、エレナさんが言った。

 思わず、少し黙り込んでしまう。

 認識の違いがあったことに、今更気付く。

「…テス様?」

 エレナさんが、小首を傾げて私の顔をのぞき込む。

「いやあ…、今度っていうかさ。」

「はあ。」

「今日が、最初で最後っていうか。こういうことするの、これっきりのつもりだったんだけど…。」

「え?そうだったんですかー?」

 エレナさんが、きょとんと目をしばたたかせる。

「そんなー、すごく楽しかったのに、もったいーない…。あ、もしかして、『何度もして彼女ヅラされたら面倒』とか思ってます?なんか始める前に、そんな感じのことおっしゃってましたもんね。」

「え…。」

「心配しなくたって大丈夫ですよー?テス様とだったら、体だけの関係でも、あたし全然。ね?」

「それは魅力的な提案だけど…。」

 どうやら、やっぱり伝わっていなかったらしい。私が体を重ねる前に、エレナさんに

「こういうことするのは、あなたに本命の恋人ができるまでだからね」

って約束させた理由。

 単に、言葉だけの建前だと思われたようだ。

 そうか。ちゃんと言っとかないといけないか。またデリケートな部分に踏み込んでいかないとだめか。言いたくないな。絶対また空気悪くなるよ。

 でも、仕方ない。

 あとまわしにした面倒なことは、結局あとでやることになる。それが今ってことなんだろう。

「エレナさん、そういうことじゃなくてさ。」

「…はい?」

 小さくため息を吐き出す。

 またマジなセリフ言わなくちゃいけないのか。いやだな。柄じゃないんだよな。

 でも、しょうがない。いやでも言わなくちゃ。

 言わなきゃ、エレナさんは先に進まないみたいだから。ハッピーエンドに背を向けたっきりになっちゃいそうだから。

 私は意を決し、口を開いた。

「だからさ。ちゃんと好きな人に告白して、次はその娘とここに来なね、っていう。そういう意味だったんだよ。最初の約束は。」

 言った瞬間、想定していた通りの空気になる。

 部屋が静まり返る。

 またたく間に、エレナさんが真顔になった。

 さっきまで親密だった空気が、たちまち冷え込むのを感じた。でもこれは、言わなくちゃいけないことだった。

 エレナさんが、何か言いたげにこちらをみつめる。

 私も黙って見つめ返す。

 やがて、そっと彼女が目をそらした。

「告白って…。」

 視線をそらしたまま、自嘲するようにつぶやく。

「何言ってるんです?できるわけないでしょ、そんなの。何言ってるの…。」

「私は別に、おかしなこと言ってるつもりはないけど。」

「テス様だってわかってるでしょ?告白なんてできないの。しちゃいけないの。あたしは、一番好きな娘とは恋人になれないの。絶対に。」

「そんなことないよ。」

「っ……!」

 エレナさんが顔を上げた。

 険しい目つきをしていた。初めて見る、怒りの目だった。

「そんなことあるのっ!あたしの好きな人は、だって…!」

「そんなことない!」

 彼女の声をかき消すように、大声で断言する。

 ここまで大きな声で何かを言い切ったのは、久しぶりだった。

 そうだ、そんなことはない。ラニヤン姉妹の恋は必ず成就する。そのことを、私だけが知っている。

 エレナさんが束の間、呆気にとられたようにこちらを見た。毒気を抜かれたような表情だ。

「なにそれ。」

 と言って、エレナさんが笑った。笑っていたけれど、眼の奥には、涙がにじんでいるように見えた。

 なぜだろうか、散る寸前の花のように思えた。

 胸の奥がキュッとなった。

「え…。」

 彼女の体におおいかぶさり、唇を重ねた。

「最後。これが最後だから。これで最後だから…。」


 結局、それから二時間分の延長料金を支払うことになった。

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