第25話 させてみせるぞ、仲なおり

 三人そろってダンジョンへと向かう。

 ラニヤン姉妹の異変は、まもなく如実にあらわになった。

 明らかに普段とは様子が違った。

 てゆうか、露骨に「ただ今絶賛ケンカ中」って雰囲気を漂わせていた。

 私に対してはいつも通りなのだが、姉妹間でだけ変な空気になっていた。

 二人とも、互いに顔を見ようともせず、声もかけない。ときどき何か言いたげにみつめるが、いざ視線が合うと、サッと目をそらす。

 いかにも典型的な、姉妹喧嘩の光景だ。姉妹のいるご家庭ではおなじみの、ありふれた風景。

 それを見て私は、

 えらいこっちゃああああああ!!!

 と、頭を抱えて叫んだ。心の中で。

 道行く人達に、「どうしよどうしよねーねーどうしよーこれ」と聞いて回りたい気分だった。大人なのでやらなかったが。

 だってそうでしょう。

 普通の姉妹であるなら、喧嘩なんて珍しくもなんともない。

 妹が、「ドアをバンって強く閉めるのやめろ」って何度も注意してんのに聞かない。姉が、自分の好きな絵描きを小馬鹿にするようなこと言った。そんな些細なことで、いさかいは始まる。姉妹とはそういったものだ。

 でも彼女達は、その辺にいくらでも転がっているただの姉と妹じゃない。

 近親相姦を目前に控えた、大の仲良し姉妹なのだ。

 そんな二人が喧嘩して、互いの顔も見ようとしない。こいつは大変なことですよ。一大事ですよ。天変地異の前触れですよ。

 このままでは、私の作戦も無駄になる。準備が水泡に帰す。そいつはもちろん悲しいが、それ以上に不安だった。彼女達が仲たがいしているという現実が、めちゃくちゃ居心地悪かった。

 一体ラニヤン姉妹のあいだに何があったのか。喧嘩の原因はなんなのか。なぜそんな、ありえないことが起こってしまったのか。

 ダンジョンに向かいつつ、腕組みして、私はその謎の真相を考察してみた。

 あれこれ考えた結果、浮かんだ可能性は四つに絞られた。


・可能性その1

 二日前の私のなぐさめが中途半端だったせいで、家に帰って冷静になったミレイちゃんが、「姉に欲情している」という事実に対して、あらためて罪悪感を覚えた。結果、姉とギクシャクして喧嘩になった。

・可能性その2

 昨日私が中途半端に焚きつけたせいで、エレナさんが、妹に対する距離感がわからなくなってしまった。結果、妹とギクシャクして喧嘩になった。

・可能性その3

 私がエレナさんとエッチしたことを、ミレイちゃんが勘づいた。嫉妬の気持ちと、「これでいいんだ」という気持ちに引き裂かれた彼女は、姉に対してつれない態度をとってしまう。結果ギクシャク。

・可能性その4

 上の三つ全部が同時発生。


…なるほど。

 そりゃあ喧嘩もするわな。こんなん。

 こうしてよくよく考えてみると、喧嘩が起こったのも納得だ。なんちゅうか、あちこち火種だらけである。ありえないどころか、起こるべくして起こったという感すらある。

 そして、想定される全ての原因に私が関わっているというね。弱ったね。

 まあ実際、それらが喧嘩の原因かどうかはわからない。

 でもまー、十中八九間違いないでしょう。

 だって、彼女達は目下のところ、禁断の愛を自覚しつつある真っ最中だ。

 こんな姉妹間に激震が走っている状況下で、今更「あたしのパンを勝手に食べた」とかで喧嘩しないでしょうよ。先の四つの理由以外で、揉めたりしないでしょうよ。どう考えてもさ。

 と、なればだ。

 私の作戦は、中止どころか、ますますやらなきゃいけない必然性が増したわけだ。

 二人が不和になったのは、結局二人の想いが届いていないことが原因。そこで頼れるリーダーことわたくしが、例の作戦をバーンと実行すれば、全て丸く収まるって寸法だ。よーし、やる気湧いてきた。


 やる気湧いてきたところで、折よくダンジョン前にたどり着いた。

 ではさっそく、保留にしかけていた作戦を再開するとしよう。幸福な自爆作戦スタートだ。

 まずは、キュークラッカーに関するでたらめを吹き込むところからだ。

「さて、これからダンジョンに突入するわけですが。エレナさん。この死地に踏み入る前に、あなたにひとつ言っておくことがあります。」

「……。」

 カッコよく背中を見せて語りかける。

 が、なんもリアクションがない。

 どうしたことかと振り向くと、エレナさんは空を見上げてぽやーんとしていた。

「エレナさん?」

「…え?あ、すみませんテス様。なんです?」

「いやだからね、ダンジョンに突入する前にね、言っておきたいことがあるんだよ。いい?」

「あ、はい。どうぞどうぞー。」

「うん。」

 ちょっと調子狂わせられたが、いいだろう。大した問題じゃない。

 懐からキュークラッカーをバッと取り出す。

 背筋を張り、両脚を大きく広げ、ビシッと右腕を一直線に延ばす。そんな超カッコいいポーズで、さも「すごいアイテム取り出しましたよ」みたいなポーズで、彼女の目の前にキュークラッカーを突き付ける。

「ニーズヘッグの卵。それが、この宝珠の名。私の切り札にして、最終…ちょいと、エレナさん?聞いてる?」

 また彼女がぽやーんとし始めたので、ホラ話を中断する。全然こっちに集中してくれない。

「エレナさん。おーい?ちょっと、ねえ。ねえってば!」

「…へ?」

「話聞いてた?見て、これ!キュークラ…じゃないや、ニーズヘッグの卵!いい?!すごいやつなの、これ!どうすごいかって言うと…」

「あ、丸いですねー。すっごく丸い。さすがテス様ですー。」

「だめだこりゃ。」

 あきらめて、キュークラッカーを懐にしまう。

 さっき「私に対しては普通なのだが」と言ったけど、そんなことなかった。私の言うことに対して、めっちゃ気もそぞろだった。

 妹と喧嘩中という事実は、そうとう彼女の心に負担を与えているらしい。とんでもねーボンヤリっぷりだ。こんなんじゃ、言ったところで右から左だろう。もっと気分が盛り上がるところ、ボス戦の直前とかで言うとしよう。

 おっと。そういや、ひとつ大事なことを忘れていた。

 ミレイちゃんに、「キュークラッカーのことエレナさんに言わんといて」という確約を、まだ取り付けてなかった。説明はしたものの、グダグダって感じで話が終わっていた。明確なオッケーをもらっておかねば。

「ミレイちゃん。ちょっと話が。」

「……。」

「ミレイちゃん。ちょいと。ねえ、聞いてる?」

「…あー、そうですね。いいんじゃないですか。」

「何が?」

「…え?」

「ごめんもういいや、なんでもない。」

 姉と同様、妹も目に余るような上の空だった。

 ていうか、さっきは普通だったじゃん。おねーちゃんが来るまでは普通だったじゃん。なんなんすか。

 いや、わかるよ?確かにエレナさんがそばにいると、そうなっちゃうのはわかる。なにしろ、いろいろあったから遠い過去のように思えるけど、彼女がカッコよく

「何があったって、姉さんのことを嫌いになったりしないさ。」

と言ったのは、つい二日前のことだ。

 なのに現在このありさま。

 まあ「嫌い」と「喧嘩」はちょいと違うけど、だとしても、さぞいたたまれないことでしょう。後悔やら恥ずかしさやらで、頭ン中ぐるぐるしていることでしょう。

 でもさー、「聞いてる?」って問いかけに対して、「いいんじゃないですか。」はないよ。寝起きかよ。

 ま、この様子じゃ、姉にキュークラッカーのことを話すどころじゃないだろう。その件に関しては、当面安心してよさそうだ。

 でも、それ以外の全ての部分が不安。なにも安心できない。なにひとつ。

 てゆうか、こんな状態でダンジョンなんか行って大丈夫か。まともに戦えないんじゃないか。二人とも。

 まず失敗はしないだろうと思ったオルトロスダンジョンだが、急に見通しが暗くなってきた。

 どうやら今回の冒険、このパーティ最大の試練になりそうだ。そんなつもりじゃなかったのに!

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