第19話 この作戦だめかも
ラニヤン姉妹をくっつけるための、ディナー作戦。
私が考えた作戦は、次のようなものだ。
まず、おいしいご飯とお酒でエレナさんをリラックスさせる。
ほどよいところで、「キミが好きなのはミレイちゃんだね?」と聞く。根が正直な上に、私を尊敬している彼女は、嘘がつけないはず。当然「はい」と答える。
ニカッと笑い、「だったら今すぐ家に帰って告白しなよ。きっとうまくいくから!」と背中を押す。
ハッピーエンド。
という感じ。われながら完璧なプランだ。
これでラニヤン姉妹はめでたく両想い、家族の枠を越えて思う存分イチャイチャできる。私はそれを間近で見て興奮できる。ついでに言えば、恩を売ることによって、契約切られる心配もなくなる。登場人物全員がハッピーになれるという算段だ。
さて、当日。
私は待ち合わせ時間の前に、身だしなみを整えるため街へと赴いた。
いくら私がドラゴンを倒した英雄といえども、普段の薄汚い恰好でしゃれた店に乗り込めるほどタフではない。パジャマで冒険するより難事業だ。
なのでまず、髪切りショップへと向かった。
私の髪。
昔はこれみよがしに長い金髪たなびかせ、颯爽とダンジョンを闊歩していたものだが、今は見る影もない。伸ばし放題の猫っ毛を、強引に紐でしばっているだけだ。
もちろん十年手つかずってわけじゃなく、ときどき切ってはいる。でも自分で適当にチョンチョンはさみを入れているだけなので、端的に言ってブザマだ。
そんなわけで、髪切りショップの主人は、私の髪をみてドン引きしていた。
「こりゃひどいな」と、髪をないがしろにする私に対して、怒りさえ覚えている風だった。これだから嫌なんだ。
あまつさえ主人に
「いっそばっさり短くしますか。あまりお手入れをしないのであれば、その方が。」
と言われたが、それは断った。
それをするくらいなら、とっくにしている。短髪の方が手入れ格段に楽なのはわかっている。
でも、できない事情があるのだ。
お察しの通り、かつて元カノに「長いのがいいネ」と褒められたのが忘れられないのだ。私ってやつぁ、ほんとにさ。
ともあれサッパリした後は、服を買いに行った。
持っていたオシャレ服は、みんな着られなくなった。太ったから。
普段はフリーサイズのだるんだるんのやつを愛用しているが、よそゆき用の服ともなるとそうもいかない。
気合を入れれば強引に着られなくもないが、なんというか、ピッチィーとなってしまう。生地が。はち切れんばかりに。
憧れの人がピッチィーとした服を着て現れたら、さすがのエレナさんも幻滅であろう。
しかし私は服屋で「人間とは弱い生き物なのだな」ということをつくづく思い知った。
人間は弱くて愚かだ。
なので、都合の悪いことはすぐに忘れてしまう。
服を選んでいるとき、ついつい現在の体重を忘れて、昔のサイズのものを選んでしまうのだ。脳内の自分のイメージが、十年前のそれなのである。
結果、ピッチィーとなりがちな服を選択してしまう。馬鹿かよ。
試着室から出てきた私を見て、店員さんは困ったように笑った。そして
「お客様は肉感的でいらっしゃいますから、そちらですとセクシー過ぎてしまいますねえ」
と迂遠なディスをもらった。太ってるから似合わないってはっきり言え。
イラっと来た私は、反射的に
「セクシー上等です。これください。」
と啖呵をきってしまった。
そして、似合いもしないワンピースを買ってしまった。だらしない体のラインがあらわになるワンピースを。嗚呼。
ともあれ、爪とかもきれいにして、ムダ毛も処理して、準備万端整えて、夕方に待ち合わせスポットへ向かった。
待ち合わせ場所で、わくわくしながら待つ。
姉妹の縁結びを後押しするための食事会。
ではあるのだが、食事会自体もそれはそれで楽しみだった。
かわいい娘との素敵なディナー。それはやっぱり、どうしたって魅力的だった。
なんせ、外食がそもそも久しぶりだ。
無職になってからというもの、私の摂取する食事はひっでえ有様だった。
まずいけど安くて大量に買える豆。
成分不明だけど体にいいとされるお茶。
あと、値引きされた腐る寸前のなんやかんや。
おなかがすくと、そういったものを口にぶちこみ、事足れりとしてきたのだ。人呼んで自堕落メシの女。
収入がゼロだから節約していた、という理由もある。
しかしそれだけじゃない。
のんべんだらりとした生活をしていると、だんだん食に対する欲求も薄まっていくのだ。食えりゃなんでもいいし、死ななきゃなんでもいいし、となってきちゃうのだ。
が、曲がりなりにも職を得た今、まともなごはんが食べたいという欲望も復活してきている。きれいな女性と一緒となれば、そりゃもう言うことなしだ。
ついでに言えば、いい感じの店を紹介して「素敵ですねさすがですねセンスいいですね」と褒められたい。そんな欲望もあった。センス褒められ欲が。
なので私は、結構ウキウキ気分だった。
場所は、予約した店の前。
レストラン・ヴァハドーラ。
お城みたいな外観の大きな店で、待ち合わせ場所としてもうってつけだ。料金は、個室三時間貸し切りで三万マニィ。なかなかの出費だが、思い切ってしまった。
ここは、元カノと「いつか行こうね」と約束して、果たせなかった場所である。十年前の無念を今晴らそうという腹積もりだ。完全個室完全防音で、ゆっくりできるのが売りらしい。
繁盛しているようで、何組ものカップルが中に入っていく。
「テス様ー!お待たせしましたー!」
遠くの方から声がして、エレナさん駆け寄ってきた。
バトル中の獣の如き疾走とはうって変わって、「とたとた」という擬音が出そうな、かわいらしい走り方だ。
「待ってないよ。私も今来たところ。」
「…ふふふ。」
「ん?」
なんか、エレナさんが私の方を見てニヤニヤする。なんというか、なめるような視線でこっちを見ている。
「え、な、なに?」
「…あっ、ごめんなさい。えと、その、今日は一段と素敵だなーって。見惚れちゃいました!」
「お、そう?でへへ。まあ久しぶりに、髪とかちゃんとしたからねー。」
「髪?あ、そ、そうですね!ヘアースタイルもとても素敵です!」
「…ん?」
「いえあの、髪よりも、お召し物の方に気を取られていたというか。」
「あー、ほんとー?よかったー。絶対似合ってないから、エレナさんに笑われるんじゃないかと不安だったんよー。」
「そーんな!褐色のお肌に赤いタイトなワンピースがフィットしていて、とてもえっち…魅力的です!」
「いやーははは。照れちゃうねどうも。なはは。」
さすがエレナさん、全力の褒めで気持ちよくしてくれる。お世辞とわかっていても心地よい。いい気分。
かくいう彼女の恰好は、清楚な寒色薄手ニットのセットアップ。年相応にはしゃぎ過ぎず、かといって地味過ぎず、センスの良さがうかがえる。ていうか、シンプルにきれい。付き合いたい。正直、若干「ミレイちゃんにあんな提案しなきゃよかったかも」と後悔した。
「それでテス様、今宵はどちらに?ヴァハドーラというお店は、初耳なのですが。」
「いや、ここ、ここ。目の前のこの店だよー。」
「え、だってここって、『恋人たちの家』じゃ…。」
エレナさんが、振り向いて建物を見上げる。看板に目をやる。
つーか、恋人たちの家ぇ?なんじゃそりゃ。
って、そうか。
そういや、そんなこっぱずかしい通称があるって聞いたな。この店。
「ちゃうちゃう。本当は、レストラン・ヴァハドーラってのがここの店名なんよ。ここにキミみたいな素敵な娘と来たいなーって、前から思っててさ。ちょうどいい機会だと思って、予約しちゃった。」
「…えっ?!そ、それってつまり、えええっ?!」
エレナさんが、口元を抑えてやたらびっくり仰天する。どうしたってのさ。
「どしたん?なんかまずかった?この店じゃだめだった?別のとこにしよっか。」
「いえっ、いえいえいえいえいえ!全然まずくないですだめじゃないです最高です!ぜひ!ぜひともここにしましょう!さあ行きましょうテス様!今すぐ!」
「あ、う、うん…。よくわかんないけど、喜んでくれて何よりだよ。」
にわかに鼻息荒くしたエレナさんに引きずられるように、私はレストランの門をくぐった。
なんとなく、おかしなことになっている予感を抱きつつ。
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