けっこうわちゃわちゃして
第18話 安易にゴー
さて。
前も言ったけど、クリスタルが壊れると、ギルド本部へと強制転送される。
なので、ダンジョンを出た私達は、エレナさんが待っているであろう本部に急いだ。
せっかくなので、ここでちょっと余談。本部についてもう少し詳しく説明しておく。
冒険者ギルド本部。
仕事の斡旋。クリスタルの発行。モンスターコア(宝石)の換金。冒険者間トラブルの相談。メンバー募集しているパーティと、ソロ冒険者との引き合わせ。そういった冒険に関するあらゆることを、一手に引き受けている。
ちなみに本部なんて言っているけど、支部があるなんて聞いたことがない。
都市間は基本的に、無料でワープ移動できる。自治体が運営する巨大魔法陣が設置されているのだ。だから、支部を作る意味があまりないのである。ワープでひょいと本部のある街まで出かければいい。
なのでギルド本部には、世界中の冒険者が集ってくるわけである。
よって必然的に、本部は小さな城くらいの巨大施設になっている。
内部には、いろんな公共スペースやテナントが入っている。
初心者用の武器防具は一通り買えるし、なぜか書店とかもある。食堂もあるが、だいたい仕事終わりのパーティが大はしゃぎしているので、私はあまり利用しない。アルコール類は置いていないはずなのに、いつも乱痴気騒ぎがおこっている。
そういった中で「地味に便利」と評判なのが、待ち合わせスペースだ。
とにかくやたらとだだっ広いロビー。
そこに、パーティ名の記されたロングポール(有料。八千マニィ)を自由に設置できるのだ。それを目印に、仕事に取り掛かる前の冒険者が待ち合わせるわけだ。
「待ち合わせなんて、その辺で好きに集まりゃいいじゃん。お金払って棒買うなんて馬鹿らしいよ。」
という意見もあるだろう。
だけどさ。自分達の組織名が刻まれた印の元に集う…ってのは、やっぱりテンション上がるわけですよ。
ていうか、そういうのに上がるタイプじゃなきゃ冒険者を志さないわけで。これはもう、さがと言ってもいい。
更に、五万マニィの追加料金を払うと、ポールの上部に看板が取り付けられる。
ただの看板じゃない。自分達で考案したシンボルマークの看板だ。紙に書いて提出すると、プロの画家が描いてくれるのだ。もちろん飛ぶように売れている。
ちなみに、シンボルマークをステッカーにするサービスなんかもある。
こういったサービスを充実させすぎて、
「市町村からのモンスター討伐の依頼金より、こういう方面での収入の方が多いんじゃねーの?ギルド本部様はさ。」
なんて陰口も叩かれている。冒険者達から。そんな陰口叩きつつも、彼女達はステッカーを自分の剣に張り付けて、うっとりしているわけである。
「三十万マニィ払えば、ステッカーじゃなくて本物の刻印を彫ってもらえるのかー。でもさすがに三十万はねぇー。剣なんて、いつ折れるかわかんないしなー。」
なーんてぼやきながら。
で、その翌月、刻印入りのマントなんかを意気揚々と装着しているわけである。パーティ全員で、おそろいで。しかたないんだ。冒険者のさがなんだ、こういうの。
私が現役だった十年前にはなかったが、シンボルマークをネイルに塗るサービスもできて、バカ流行りしているらしい。あの手この手だよほんと。
そんなわけで、待ち合わせロビーには、パーティ名入りポールがずらっと並んでいる。
待っているあいだ、そのポールを見ているだけで時間が過ぎていく。みんな、創意工夫していろんなパーティ名を考えるもんだと感心する。ちょっと例を挙げると、
・白薔薇騎士団
・六聖女
・ケイズ
・ロックアップガールズ
・アンデッド撲滅委員会
・フランソワーズ軍団
・マリア・ハーディの子供たち
・女風情
・漆黒の朝
・グレイトフル・ビッチ
・枯れない花と廃墟に吹く風
・見よ、滅びの空だとジョエルは言った
…くらいになると、もう本当にパーティ名なのか怪しくなる。なんでもありかよって感じだ。
まあ実際、なんでもありなんだろう。どこかに登録するわけじゃなし。自分達で勝手に名乗っているだけのやつなんだから。
そして実をいうと、私達のポールも買っておいてある。今回のダンジョンに繰り出す前に購入したのだ。
パーティ名も、ちゃんと記してある。
ユリシーズ。
ご存じ、私の名字である。
なんかグループ名っぽい名字だから、これでいんじゃね?ということで、こうなった。まあ、適当である。
そのユリシーズのポールの元に、強制転送されたエレナさんがいた。
余談が長くなったが、ここからが本題だ。
ポールに寄りかかるようにして、エレナさんが待っていた。
「ミレイちゃん、テス様…。」
青白い顔してこちらを見ている。
「あのあの、あのその、み、見た?見ました?あたしの、あのその、あのそのあのその…。」
「落ち着いて、エレナさん。いったん落ち着こう。深呼吸しよう。」
アノソノ繰り返すばかりのエレナさんに、深呼吸をうながす。そうとう不安になっているようだ。まあ、そりゃそうか。こっちに転送されたあと、ちゃんと霧が消えたかなんて確認するすべはないわけだし。
「大丈夫大丈夫。あのね、私達、なーんも見てないよー。もうほんと、ぜーんぜん。ねー。」
「はわわわわわ…。」
事実を報告すると、なぜか彼女は脚をワナワナさせて震え始めた。どうして。
「ちょ、どしたん?見てないって言ってんじゃん。」
「テスさん、だめですよ。」
ミレイちゃんが、ローブのすそを引っ張る。
「だめって、なにがさ。」
「言い方がやけにうそっぽいです。それじゃ姉さんも不安になりますよ。」
「えー?普通に言っただけなのに。」
「まあ確かにテスさんは、いつも上っ面だけでしゃべってる感じですしね…。」
「おい。」
さっきまでベソかいてたくせに、手厳しいことを言う。元気を取り戻したのはいいけど、毒舌吐く元気まで出さなくていいよ。背中ぽんぽんした恩義を忘れたか。
そんなむくれる私を無視して、ミレイちゃんが姉の傍に寄り、そっと肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、姉さん。本当にボクらは何も見てないから。正直興味はあったけど、あの霧はすぐに消えてしまったんだ。」
「ほ、ほんと?よかった…。」
エレナさんが涙をぬぐい、安堵のため息をつく。なんだよ。言っていることだいたい一緒じゃんかよ。
「はあー、ホッとした…。もうあたし、ずーっとドキドキしてて…。あ、それで、あの長靴はいた猫ちゃんはどうしたの?」
「ご心配なく。もちろんボクとテスさんで、完膚なきまでにぶちのめしてぶち殺したよ。」
「そ、そう。さすがねー。あたしがいなくたって、なんの問題もなしね。優秀な妹で、お姉ちゃん嬉しいわ。」
まっすぐに妹の目を見ながら、エレナさんがニコリとほほ笑む。
「……。」
ミレイちゃんが、頬を赤くして視線をそらした。さっきの自分の幻影を思い出したのだろう。
そのリアクションに、エレナさんの笑顔が消えた。
「ミレイちゃん…?」
「……。」
エレナさんが、ぐっと顔を近付ける。ミレイちゃんが、ぐいーっと顔をそむける。明らかに不自然な態度だ。
妹の不審な挙動に、姉の表情が変わった。
「そ、その反応!あたしを避けるようなその態度!やっぱり見てしまったのね、あたしの秘められたみだらな欲望の全てを…!ミレイちゃんだけには絶対内緒なあのことを!うわーっ!」
エレナさんが頭を両手で抱え、膝から崩れ落ちた。元の木阿弥だ。でもまあ、そりゃーそうなるわなー。
「ちょ、姉さん!違う違う!そうじゃないから!」
慌ててミレイちゃんが手を差し伸べる。しかしエレナさんはすっかりパニクって、もう聞く耳持たない感じだ。
「あああああもうだめもうだめもうだめ…!ばれちゃったばれちゃった嫌われちゃった…ごめんなさいごめんなさいだめなお姉ちゃんでごめんなさいいぃ…!」
「姉さん!大丈夫だって!姉さん!聞いて!聞いてったら聞いて……ちょっと!見世物じゃないから!」
なんだなんだと寄ってきた野次馬に向かって、ミレイちゃんが声を荒げる。その間にも、エレナさんは床をごろごろ転がって悶えている。
「まあまあ、落ち着きなってエレナさん。うちら本当になんも見てないからさ。」
「テ、テス様…。」
「私らなんも見てないよ?なんも見てないけど、きっとどんな問題も、愛さえあれば乗り越えられるんじゃないかなーって。なんも見てないけど。」
「わぎゃー!」
エレナさんが奇声を上げ、その辺に落ちていた袋に頭突っ込んで脚をジタバタさせる。問題の核心に触れてしまったようだ。愛とか言っちゃだめだったか。
野次馬を追い払っていたミレイちゃんが、ギョッとして振り向く。
「姉さん?!ちょっとテスさん、何言ったんですか?!」
「ごめんね。」
「あーもう!」
こちらをひとにらみし、袋をひっかぶってる姉の前にしゃがみ込む。
「大丈夫だって、姉さん!何にも見てないってば!見てない見てない見てない!大丈夫大丈夫大丈夫!ね?!」
「うそうそうそ…。」
「本当本当本当!絶対に大丈夫だから!ボクを信じて!」
「……。」
脚のジタバタが止まった。説得の効果が出始めたようだ。
「それにね、姉さん。なんだかボクに嫌われることを怖がっているみたいだけど、そんな心配はすることないよ。全くの杞憂だよ。」
「え…。」
「だってそうでしょ。ボクが姉さんを嫌うなんてことは、天地がひっくり返っても絶対あり得ないんだから。姉さんの心に秘めている願いが、どんなものなのかはわからない。でもたとえ、それが『疎ましい妹から解放されたい』って願いであったとしても、ボクは…。」
「そっ、そんなことない!」
エレナさんが、かぶっていた袋をかなぐり捨てた。きれいな銀髪がグシャグシャになっている。はっしと妹の手を握る。
「全然違う!そんなこと思うわけないわ!だってあたし、あたしは…!」
エレナさんが言いよどむ。短い沈黙のあと、ミレイちゃんが少し笑った。
「そう。じゃあ、よかった。」
「…うん。」
「いやはや。一時はとうなることやらと思ったけど、どうやら一件落着したみたいだね。めでたしめでたしですナー。」
拍手しながら、二人に近寄る。ローブのたもとから櫛を取り出し、エレナさんに手渡す。
「あっ、ありがとうございます…。」
「いや、『めでたしめでたしですナー』じゃないんですよ。何を他人事みたいに。あなたが余計なこと言うから、場が無駄に混乱したんですよ。」
「まあいいじゃない。そのドタバタも、あとで思い返せばきっと素敵な思い出になるから。ところで明日一緒にみんなでディナーでもどう?」
「またテキトーな…って、急になんですか。」
「いやいや、ちょっとね。」
と言って、片目をつぶって合図を送る。
しかしミレイちゃんは、「はあ?」という顔だ。
どうやら気付いていないらしい。私のこの超唐突なディナーのお誘いが、「キミのその恋応援しちゃうよプロジェクト」の一環であることに。
そう。
私は、さっきの一連の流れの中で気づいてしまったのである。ラニヤン姉妹が、ほぼ百パーの確率で両想いであることに。
ミレイちゃんの恋を応援しよう。そう決意したとき、ネックだったのはエレナさんの秘められた願いだ。
私の読み通り、「義理の妹とエッチしたい」というのがそれであれば、なんの問題もない。話は極めてスムーズに進む。
問題は、そうじゃない願いだった場合だ。
ミレイちゃんが関係なかったり、関係あっても恋愛絡みじゃなかった場合は、一気に見通しが暗くなる。
とは言っても、本人に直接確認してみる、なんてことはできない。デリケートな問題だし。会話や態度の端々から、探っていくしかないだろう。
だから今後はそこんところ、慎重に見極めていこう。気長に待てば、いつかはボロが出るだろう。
…そう思ってたが、再会した途端にボロが出るわ出るわ。ボロがぼろぼろ大盤振る舞いですよ。
で、まー、ほぼ間違いないでしょう。これは。
今しがたのもろもろのセリフを聞く限り、完全にクロだ。エロい目で妹を見ていた、それをバレるのを恐れていた。その線で決まりでしょう。「みだらな欲望」とか言っちゃってたし。「自分からバラしにいってんのか」と思わなくもないが、まあ、根が正直なタイプなのだろう。
何はともあれ、容疑は固まった。
もうなんの問題もない。あとは、私がひょいと背中を押してやればいいだけだ。
というわけで、食事会を開こうとさっき思いついたわけである。とにかく、何かしらのいいきっかけになれば、と。
「ディナー、ですか?それはもちろん、テス様のお誘いであれば、喜んで行きますけれども…。」
エレナさんが、「急になに?」みたいなとまどいを残しつつも、誘いに乗ってくれた。よしよし。
「で、ミレイちゃんは?私と食事会、したくない?」
「えー、あー、いやぁ…。ボクはちょっと、いいかな…。遠慮しておきます。」
「あ、そう。」
ミレイちゃんが、「マジでめんどいから嫌」という気配を出しつつ断る。人の気も知らずに。
まあいい。エレナさんだけでもやりようはある。というか、それはそれで好都合だ。
「じゃあ、今日はこれで解散にしようか。いろいろあったし疲れたでしょ。ケットシーのコアは、私が換金しとくよ。」
「あ、はい。じゃあ、お願いします。」
「あのー。明日は、いつどちらにおうかがいすればよろしいのですか?」
「おっと、ごめんごめん。」
手帳とペンを取り出し、時間と場所を書いた紙をちぎって渡す。
「ほんじゃ、また明日ね。お疲れー。」
「あのテス様、今日はほんと、あたしがいろいろやらかしちゃって、なんてお詫びしたらいいか…。」
「大丈夫だって、姉さん。帰ろ。じゃ、お疲れ様でした。」
ペコペコ謝る姉を引っ張るようにして、ミレイちゃん達が去った。
さて、私も早いとこ本部での事務処理済ませて、家に帰ろう。ほんで、明日に備えよう。美人姉妹の本気イチャイチャを拝見できるのも、遠くはなかろうて。ふふふ。
「テスさん。」
「うお。」
妄想しているところに、後ろから急に声かけられた。
振り向くと、ミレイちゃんだ。なんだよもー、びっくりしてちょっとジャンプしちゃったじゃん。
「え、なに、どしたの?帰ったんじゃなかったの?」
「いや、ちょっと言い忘れたことがあったな、と思いまして。引き返してきたんです。」
「あ、そう?なにさ。」
またなんか文句言われんのか。
そう思ったが、ミレイちゃんは前髪をいじいじ触って、なかなか切り出さない。どうしたっての。ひょっとして、文句じゃないのか。
「あの…。今日は、ありがと…した。」
そっぽ向きながら、小声でゴニョゴニョとお礼を言った。照れくさそうに、耳を赤くしながら。
ほほーう?と、思わず私の口元がにやけてしまう。
「え、なんて?」
「…なんでもないです!じゃ!」
ついからかいたくなって聞き返すと、ミレイちゃんは怒って行ってしまった。
くっそ、なんだよそれ。かわいーじゃんかよ。
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