第14話 暴露系モンスター見参。来なくていいよ
パーティ内での揉めごと。敵にとって、これほど奇襲にうってつけの状況もなかった。このタイミングで、攻撃を仕掛けてこないモンスターなどいないだろう。
慎重派のここのボスも、それは同様だった。
「ギャワウウウウッ!」
獣の声。
と同時に、物陰から何かが飛び出してきた。
ケットシー。何かを持っていた。アイテム。…鏡?奇妙な形の鏡だ。二本の前足で、それを器用に挟んでいた。
その鏡に、私の顔が映った。
「っ!テス様!」
「いけない!」
気付いたエレナさんが叫ぶ。いきり立っていたミレイちゃんも、素早く身構える。
何かが来る。そのことは、私も理解していた。
しかし、もう手遅れだった。
間に合わなかった。
あー、いや、うそうそ。
本当は、たぶん間に合った。本気だせば、きっと余裕でかわせた。スイーッとね。なんせ、私の特技は瞬間移動だし。
でも私はあえて動かなかった。反射的に回避行動しそうになったけど、ぐっとこらえた。
だって、絶対今から例のやつくるじゃん。
例の、ハッピーな精神攻撃ってやつが。
なんせ、敵さんが構えているのは鏡だ。精神攻撃でおなじみのアイテムだ。あれから殺人ビームが発射されて大惨事、なんてことにはならないだろう。たぶん。
というわけで私は、両手を広げて迎えるような気持ちで攻撃を待った。
カッ!
鏡がきらめき、光線が放たれて私を撃った。
私の体を、白い輝きが包む。熱。全身が異様に熱くなっていく。そして、毛穴から大量の湯気が立ち上ってゆく。もわもわと。
いやなんか、予想していた感じと違うんですけど。
「え、なになになに。何これ何これ、何が始まったん?精神攻撃じゃないの?」
なんだか、全然精神に変化が起こらない。全身から、しゅーしゅー湯気が出てくるばかりだ。おかしい。もしかして今の、ハッピ―攻撃じゃなかったんか。くらっちゃダメなやつだったんか。
思わぬ展開にうろたえる。心がざわつき焦ってくる。焦って、無意味な言葉が口をついて出る。
「ちょとこれまずくない?何ちょっとあの鏡なに?あの鏡変な鏡なんなん?鏡鏡紫の鏡…、あっ。」
しかし、わめいているうちに、ふとあることに思い当たった。十年前にアイテムマニアの仲間から教わった情報が、脳裏によぎった。
「あっそうか、わかった、今の鏡…!」
ケットシーが持っていた鏡。紫色の縁取りがなされた鏡の正体。
以前聞いたことがあった。あれ確か、欲望を照らし出す魔鏡、シトリィミラーってやつだ。
シトリィミラー。
通称、
その鏡面をのぞき込むと、体から霧が出て、それに自分の願望が幻影となって映る。そんなアイテムらしい。
つまり、今私の毛穴から出ているこの湯気。ていうか、正式には霧。この霧が出切ると、雲みたいにひと塊になる。その霧の塊に、ぽわぽわぽわーんとビジョンが映し出される。
そのビジョンこそ、自分の願望が映し出されたものである。…というわけらしい。
なるほど、精神攻撃という部分こそ誤情報だったものの、確かにこりゃあハッピー攻撃だ。正真正銘、まごうことなきハッピーな攻撃である。そりゃみんな、やみつきにもなるはずだ。
なんせ、自分の欲望が映像化しちゃうのだから。言うなれば、オーダーメイドのエロ本みたいなもんである。
自分の心の奥底にある願望。例えば、全人類から崇められている自身の姿や、好きなあの娘とエロいことしてるビジョンが見れちゃうのだ。たまらんでしょう、そんなの。
てっきり、「攻撃くらえば即ハッピー」みたいなものかと予想していたが、そういうわけじゃなかった。
みんな、素敵な映像を見てぽわーんとしているうちに追い打ちをくらい、敗北したのだ。余計恥ずかしい気がするが、まあそれはいい。
エレナさんが言っていた、「攻撃くらって結ばれたカップルがいる」という話も、これなら納得だ。そりゃあそうでしょうよ、って感じだ。
片想いだった場合は悲惨だけど、「本当は両想いだけど気付いてない」ってパターンの場合、シトリィミラーは完璧なる縁結びアイテムと化す。
お互い好きあってるけど告白できない。そんな二人が鏡攻撃をくらったら、霧に映し出されるのは、二人がイチャイチャしている映像なわけだ。
付き合うきっかけとなるには、これ以上のものはないでしょう。だってそれ、実質告白みたいなもんだし。
ん?
ちょっと待って。
てことはあれか。今しゅーしゅーいってるこの霧が出切ったら、その後そこに、私の願望がババーンと大写しになっちゃうわけか。で、それは当然、ラニヤン姉妹にも見られちゃうわけで。
じゃあ、私が今現在いだいている願望はと言えば…。
エレナさんとの、めくるめくエロエロ体験。これっきゃないでしょう。やっぱり。
そいつが大公開されちゃうわけかよ。本人の目の前で。
わきゃー、恥ずかしい。そしてミレイちゃんのリアクションが心配。心配だけど、えーい、なるようになれだ。苦手な告白もしなくて済むわけだし。
そのあとは当然、エレナさんとの縁結び達成。からの、イチャイチャえろえろ展開になることは火を見るより明らか。ミレイちゃんには申し訳ないけど、これはもう不可抗力だから仕方ないでしょう。参ったねーこりゃ。ぐへへ。
…という長めのモノローグを、「ちょとこれまずくない?何ちょっとあの鏡なに?あの鏡変な鏡なんなん?鏡鏡紫の鏡…、あっそうか分かった今の鏡…。」のあいだに素早くおこなった。
自問自答で問題を解決し、私はすっかり落ち着きを取り戻した。もう大丈夫。よかったよかった。
「テス様っ!」
「だ、大丈夫ですか?!」
ラニヤン姉妹が険しい顔を向ける。私がうろたえたので、すわマジな攻撃かと心配したのだろう。
「あ、平気平気。一瞬びっくりしたけど、やっぱこれ平気なやつ。心配しなくていいよ。」
「ああ、そうなんですか。なーんだ。」
ミレイちゃんが至極あっさりと心配をやめる。いや、いいんだけどさ。一方エレナさんは、私の言葉を聞いてもいまだオロオロ顔だ。
「でも、テス様!そんなこと言ってるあなたの体から、謎の湯気が!」
「平気だって。それよりエレナさん。この湯気…霧に映る映像、しっかり見ておいて。これが私の気持ちだから。」
「は?え、あ、はい…?!」
ニヒルに笑い、エレナさんに決め顔を作って見せる。彼女はとまどうばかりだったが、すぐに意味がわかるだろう。そのときこそ、私達二人の物語が始まるときだ。悪いねミレイちゃん。恨むならケットシーを恨んでおくれ。
そして私は、ワクワクしながら、霧が幻影を作るのを待った。
やがて体内から霧が手尽くし、それが映った。
映し出された私の願望。それは…。
十年前に自分のもとから去っていった元カノが
「申し訳ございませんでした全て私が悪うございましたお願いですから今一度愛をお恵みください復縁させてくださいお願いします」
とひれ伏して許しを請い、私はそれを「わっはっはしょうがないなー」と寛容に受け入れて復縁する
というものだった。
それが私の本当の気持ち…私の心の底からの望みだった。
目も当てられないや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます