第13話 どうも、性欲丸出し女です

 というわけで、ダンジョンの最深部にたどり着いた。

 ボス前の扉を守護する巨大なゴーレムが、そこに待ち受けていた。

 ラニヤン姉妹がただちに応戦し、激闘が始まった。


「恐れよ汝が踏みし影 尊き名のもの その御影… 『アヴィラン』!」

「ごおおおおっ!」

 ゴーレムの足元から光が発した。ミレイちゃんのトラップ型魔法術式が発動したのだ。呪文の効果により、動きが極端に鈍る。

「チャンス!上から!」

 エレナさんが大きく跳躍した。巨体のゴーレムのはるか頭上。

 剣を下向きに構えた。

 そして、アイテム「ディグダム」を使用した。対象を巨大化させる効果。それを五つ、自剣に対して使った。

 剣が、人間の全長よりも大きく変貌した。

 尋常ではない大きさの刃が、自重による自由落下でゴーレムの頭上に落ちる。

 轟音。

 硬い塊が、より硬いものによって砕かれた音だ。

 かき消すように、咆哮が響いた。断末魔。ゴーレムの悲鳴だ。ひとたまりもなかった。

 ラニヤン姉妹の連携によって、最後の扉を守護するゴーレムは息絶えた。あっという間に。

「わーい。すごいすごーい。」

 二人に負けず務めを果たさんと、私も全力で拍手をして、彼女たちをねぎらう。

 こうして門番モンスターを倒し、私達はボスの待つ部屋に到達した。

 あとはもう、お遊びみたいなもんだ。

 私はずっと見てるだけだけど。


 扉の奥の部屋に、ボスの姿はなかった。

 どこかに潜んで隙をうかがっているんだろう。例の、ハッピーな精神攻撃を仕掛ける隙を。

 通常のダンジョンであれば、注意を怠らず、敵の襲来に備える場面だ。三人で背中合わせになり、死角を作らないよう警戒するべき場面だ。

 でも私達はそうしなかった。

 わざとらしく伸びをしたり、首回して「肩凝ったなー」みたいな仕草したりと、露骨に隙だらけの状態となった。

 だって、くらってみたいじゃないの。ハッピー攻撃。

 ていうか、今回はそれが目的で来たのだ。ハッピー気分を味わうために、はるばるダンジョンくんだりやってきたのだ。

 正直、ボス退治は余禄みたいなもの。やれればやるけど、やれなければやらない。「ハッピー攻撃くらったら即撤退でもいいよね」と、事前にラニヤン姉妹と取り決めてある。普段とは心構えが違うのだ。こちとらレジャー気分なのだ。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、敵さんはなかなかやってこない。

「……。」

「……。」

「……。」

 三人そろって、ダンジョンの真ん中でぼんやりと佇む。なかなか間抜けな光景だ。

 ちなみに興味なさげな雰囲気出してたミレイちゃんも、何気にそわそわしている。ハッピー攻撃くらいたそうな顔している。ま、そりゃそうだ。未知の快感みたいなやつには、興味しんしんのお年頃だし。

 にしてもヒマだ。ぜんぜんボスが現れる気配がない。

「そーいやさー。ここのボスって、どんな種別のモンスターなん?正体不明な感じ?」

 手持無沙汰なので、知りたいわけでもない質問をする。ミレイちゃんがこっちをチラ見する。

「ああ、あれです、ケットシーだそうです。例の精神攻撃のあと、鋭い爪で斬りこんでくるんだとか。」

「ほーん。」

 ケットシー。長靴を履き、二足歩行が出来る猫系モンスターだ。精神攻撃能力なんてないはずだけど、特殊なアイテムでも持っているのだろう。奴らは、道具の扱いに長けた種族だし。

「しかしまー、なんだねー。うまい攻撃方法めっけたもんだよねー。そのケットシーちゃんも。」

「と、言いますと?」

「だってさー。うちら冒険者って、攻略失敗すると、意地になってリトライしたりするじゃん。『あんにゃろー、今度は絶対ぶっ殺したらぁー』って。よっぽど無理だったらあれだけど。」

「まあ、確かに。負けず嫌いが多いですからね。無茶なリトライって本当はよくないんですけど。」

「でもハッピーな気分で負けたら、そんなに『ちくしょー』って気にもならないじゃん。『ケットシー絶対死なす』ってなんないじゃん。必然的に、ダンジョンに侵入してくる人も減るっていう。ボスは安全、冒険者はハッピー。お互いにメリットのある、いい作戦だよ。」

「うーん、どうなんですかね。ボク達みたいに、興味本位で来る冒険者もいるわけだし。余計にダンジョンやってくる人増やしてるんじゃないですか?結果的に。」

「あー、まあねー。『開運効果で人生激変!』とか、変てこりんな噂まで出てくるくらいだしねー。正直それは嘘でしょって感じだけど。」

 半笑いで言う。「ハッピーな気持ちになる精神攻撃」まではまだわかるが、「くらうと運気上昇」的なヨタ話は、いまだに信じられなかった。

「そーんなことないですよー!噂は本当ですって!絶対本当!間違いなしです!」

 噂の信ぴょう性について疑問を呈すると、エレナさんが首を横に振った。なんか、まんまと騙されている人特有の口ぶりだけど、大丈夫か。

「えー、でもさー。」

「だってあたし、『ここに好きな人と来たら両想いになれた』って冒険者と、実際に会ったんですから!何人も!」

「ふーん。…え、両想い?」

「そう!開運ってざっくり言いましたけど、詳しくは、縁結びなんです!今ちまたじゃ、最高の縁結びスポットとして有名になってるんですよー、このダンジョン!好きな人と一緒に来て、ハッピー攻撃くらうと、両想いになれるって!」

「え、ちょ、えっ?!」

「「だからあたし、絶対テス様と来ようーって!」

「えええ?!」

 エレナさんの言葉に、私は驚きの声を上げた。

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。今ちょっと、さらっと大事なこと言ったよね?

 両想い。縁結び。私と。

 そんなことを、エレナさんは言った。今しがた。

 聞き逃すことができないフレーズだった。

 だってさあ。ねえ。

 さっきまで私は、

「エレナさんの私への好意は、性的な意味での『好き』なのか」

という疑問で悶々としていたわけですよ。やきもきしていたわけですよ。

 でも今の発言ってもう、語るに落ちたってやつじゃないの。

 実質、告られたようなもんじゃないの。ねえ。

 だってそうでしょう。「行けば両想いになれる」ってところに私を連れていくなんて、それはもう、答え出てるじゃん。私にフォーリンラブしてるってことじゃん!

 はい、というわけで。

 さっきの疑問の答えは出た。

 躊躇する必要なんてなかった。今ここでありったけの勇気を振り絞って、エレナさんの肩を抱き

「冒険なんていいから、うち帰ってあたいとイイコトしない?」

とささやきかければ、もう、やりたい放題のバラ色未来が待っているわけである。ひゃっほう。興奮してきましたよ。ぐへへ。

「姉さんちょっと待って、それってどういうこと?!」

 ぽやーんとしていると、怒鳴るような大声がして、われに返った。

 振り向くと、ミレイちゃんが険しい顔をしていた。

「両想いになれるダンジョンって、ボクそんな話聞いてないんだけど!だって、そんな、だって…!」

「ちょ、ミ、ミレイちゃん…?」

「ただハッピーな攻撃してくるボスだって、それだけしか聞いてないよ!縁結びってそんな、そんな、だめだよ!」

 血相を変え、エレナさんのプランを全否定する。悲痛な声だ。泣き出す寸前の声だ。

 あー、まー、そりゃそうか。

 彼女が顔色を変えるのも無理はない。

 大事な大事なお姉ちゃんが、軽蔑すべきグータラ女と縁を結びたがっているのだ。愉快な気分になろうはずがない。

 こうして一緒に冒険するくらいなら許容範囲。が、交際となると話は別。そんな気持ちなのだろう。

 その声を聞いて、私は、たちまちシュンとなった。

 悪かったなー、という気分になった。

 相手の憧れに付け込んで、エレナさんみたいないい子をどうこうしようなんて、よくなかったんじゃないか。そういう気持ちになったのだ。急速に。

 ようは姉の身を案ずる真摯な心に、私のエロ心が引っ込んでしまったのである。

 多くの人が経験あるだろうけど、マジな顔つきの人が隣にいると、凄いスピードでエロい気持ちが冷める。あっという間に「なんかすいません」って感じになる。そういう感じになったのだ、今。性欲丸出しで喜んでいた自分が、恥ずかしくなっちゃったのだ。

 でも

「そうは言っても、ここで手ぇ引いちゃうのももったいないよなー。」

と後ろ髪引かれる思いも、やっぱりある。どうしたものかね。

 さっきまでのダラダラムードから一転、私達は急にわちゃわちゃし始めた。

 敵が、その混乱を見逃すはずもなかった。

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