第15話 赤っ恥だよ人生は
ひどく打ちのめされた気分だった。
映し出された深層心理の願望に、私自身がギャフンと言わされた。
自覚してなかったのだ。私の本当の望みが、あんなカッコ悪い下品なしろものだってことを。ああ。ああ、もう。あーあーあーあ、ほんとにもうさあー。
そうかー。私の真の望みってあれだったのかー。別れて十年経って、なお望みはあれかー。未練がましいどころじゃないよ。未練たらたらたらたら、たらららららンじゃん。知りたくなかった。自覚したくなかったよ。
そしてもちろん、こうして突きつけられたら、身に覚えは大いにある。ありすぎる。
幻影を見た瞬間、ショックはショックだったが、興奮したは興奮した。背筋がぞくりとした。ぶっちゃけ最高だった。
私の本当の願いは、確かに間違いなくあれだった。元カノに土下座させた上で復縁。それこそが我が願い。やんぬるかな。
「ワギャウッ!」
ケットシーが襲いくる。
幻影を見てぼんやり佇む女。絶好の標的と判断されたのだろう。呪文。脳内で唱える。ラーナ。攻撃をかわす。
「ガウッ?!」
攻撃を外され、ケットシーの態勢が崩れた。チャンス。
…なのだが、私はなんにもしなかった。
ていうか、できなかった。
とてもそんな気力はなかった。よけるのが精いっぱいだった。
だって、あんな赤っ恥を大公開したあとだよ。無理だって。ラニヤン姉妹の顔、さっきから全然見れないし。
特にエレナさん。「しっかり見ておいて」とほざいた結果、出てきたのがあれだよ。どんな気持ちになっただろうか。あわせる顔がないとはこのことだ。
こうなると、ケットシーが攻撃をしかけてきたのはむしろ、もっけの幸い。こいつが襲ってくるあいだは、ラニヤン姉妹の顔を見なくて済む。
「霧?元カノに土下座?それについての説明はあと、あと!今は戦闘に集中だよ!私達はここに何しに来たの?モンスター退治しに来たんでしょ?それが本業でしょ?さあ武器を構えて!」
と、話をそらすことができる。
さあこい、長靴をはいた猫。もっとこいもっとこいドンドンこい。
「ガルルルルッ!ガウッ!」
ケットシーが大きく跳躍した。
そして、また闇の向こうに身を隠した。
いったん引き、また不意打ちのチャンスをうかがうつもりなのか。
…って、いや、待ってよ。行かないでよケットシー。
ここで三人きりにさせないでよ。気まずいよ。もっと攻撃してきて。お願いします。
私の願いもむなしく、ケットシーは気配を消した。マジかよ。
辺りが、シン、と静まり返る。
ボスが隠れ、取り残されたのはわれら三人。うるわしき美人姉妹と、恥をさらした女が一人。
なんと声をかけたらいいのかわからないのか、ラニヤン姉妹はひとことも発しない。
当然私も、なんもしゃべれない。何を話すことがあるというのか。地獄の空気だ。マゾヒストであれば大興奮しそうな状況だが、あいにく私はそうではなかった。ただただ息苦しかった。マゾヒストになりたい。そんなことを願ったのは生まれて初めてだ。
「あの、テスさん。」
おずおず、と言う感じで、ついにミレイちゃんが話しかけてくる。
「…ええと、質問しても?」
「……。」
「姉さんに『見てて』とおっしゃってましたが、今の映像はいったい。」
「……。」
「見たところ、かつての恋人らしき人に謝罪させているような映像でしたが。あれがテスさんの気持ちなんですか?それは別にいいんですが、姉さんとなんの関係が?」
「いや、だからね…。」
だーかーらぁー!
キミの姉ちゃんとイチャついてる映像が出ると思ってたんだよ、こっちは!
で、それを告白代わりにしようと目論んでいたんだけど、全然予想してたのと違うゲスなやつが出てきちゃったんだよ!わかれよ!
と叫びたかったが、我慢した。完全なる逆ギレだし。
「なんていうか、ほら、だからさあ…。」
「はい。」
「そう、ほら…、うん。…あの鏡は、欲望を映しだすシトリィミラーって言ってね。」
「ふむふむ。」
「あんなふうに、秘めておきたい気持ちまでご開帳しちゃう、おっそろしいアイテムなんよ。その危険性を、身をもってエレナさんやキミに教えてあげたっていう、そういう…。そういうあれなんよ…。」
見苦しい言い訳をする。信じたのか信じていないのか、ミレイちゃんは首を横に振ってため息をついた。
「なるほど、そういうことでしたか。一目で鏡の正体に気付き、ボク達にその危険性を知らしめるため、わが身を犠牲にした、と。こんなことを言うのは少し癪ですが、さすがですね。」
「まあ…。」
「今回ばかりは、素直にボクも敬服します。お疲れさまでした。あんなみっともない欲望を衆目にさらすのは、さぞ心苦しかったことでしょう。」
「う、うん…。」
一応信じてはくれたようだ。ほっ。
まあ、とっさに考えた言い訳だけど、話の筋は通ってるしね。私のように赤っ恥大公開ショーになる危険性は、実際にあるわけだし。
私の欲望の下品さについても、特に感想はなさそうだ。軽蔑しているような気配は感じられない。
元から評価が低いので、「さもありなん」と思ったのだろうか。それはそれでちょっと嫌だけど。
「ですが、テスさん。」
「ひゃい?」
「申し訳ありませんが、それは無駄な犠牲だったと言わざるをえません。ボクや姉さんは、あなたとは違いますから。」
「違うって、何が。」
「人間性が。」
「ああ…。いやまあ、そうかもだけど…。」
「他人に見られて困るような欲望なんて、ボク達は一切持ち合わせておりません。だからあんな攻撃、いくらでもドンとこいです。」
そう言って、ミレイちゃんはぐいと胸をそらした。よっぽど自分の清廉潔白さに自信があるらしい。
「そうかもしんないけど、わざわざ言わなくてよくない?ただの自慢じゃん。それに、ミレイちゃんが大丈夫だとしても、キミの姉さんも同じだとは限んないでしょ。」
「姉さんも同じですよ。ボク達姉妹の心には、やましい欲望なんて微塵もありはしないんです。」
「マジか。」
「マジです。だよね、姉さええええメチャクチャ動揺してる…!」
「あわわわわわ。」
エレナさんは、顔面蒼白で汗ダクダク流しながらワナワナ震えていた。
はーはー息を切らせながら、やたらとまばたきを繰り返していた。わかりやすく追い込まれている感じだった。
ちょっと待って。ずっとしゃべってないと思ったら、えらいことになってんじゃん。
「あー、そう、そうなのね…、願望を映す鏡…。ハッピーにさせるって、そういう…。全部ばらされちゃうっていう…。」
ブツブツと小声でつぶやいている。そのつぶやきから察するに、どうやら彼女が青い顔している理由は、私の欲望の下品さとは無関係らしい。
縁結び効果のあるハッピー攻撃。その正体が、自分の願望大公開ビームだったということに、衝撃を受けているらしい。
つまり、よっぽどのやましい欲望をお持ちというわけだ。エレナさんは。
それをばらされる不安に比べたら、私の衝撃映像のインパクトなんてどうでもいいみたいだ。
まあ、ひとまずはよかった。顔面蒼白になるくらい失望されたんじゃなくてよかった。よかったけど、でも、そんなになるくらいバラされたくない願望ってなんだろう。
「ね、姉さん…?!」
ミレイちゃんが、そっと声をかける。
その声に、エレナさんが「はっ!」とわれに返る。ギクギクビクーンって感じで、妹の方を振り向く。まるで、盗み食いを母親に見つかったような顔だ。
「あっ。ちちち、違うのよ?!違うのミレイちゃん!そういうことじゃないの!そういうことじゃないけど、見られて困る気持ちなんて全然ないけど、でもいったん帰ろっか?!退却しよっか?!用事とか思い出しちゃったし!ほらそのあの台所のアレが、アレがナニしてソレだから!ね?!」
「ギャオッ!」
「あー!」
光線が、早口で退却を促すエレナさんを撃った。
ケットシーの急襲だ。
物陰から姿を現し、背後から鏡攻撃を仕掛けたのだ。
シトリィミラーの鏡面に、彼女の姿がばっちり捉えられていた。
「ね、姉さん!」
「ああっ、あああ…!」
欲望の霧が、エレナさんの肉体から立ち昇り始めた。さあ大変だ。えらいことになった。
彼女の心に秘められしヨコシマな欲望が、大公開されてしまう流れなのか。
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