第8話 簡単にあきらめよう
なんやかんやで、塔の最深部まで来た。
あとは、このダンジョンを支配するモンスターを倒せば終了である。
「もうちょいで終わりだねー。あっという間だ。二人とも優秀な冒険者だね。」
「めっそうもないです!ここまで無事にこれたのは、何もかも全てテス様のおかげです!」
「いえいえそんな。私は何もしていませんよ。」
「ほんとだよ。」
ミレイちゃんがぼそりと言う。正直な子だ。
「ボスはトロルだっけ?体力だけが取り柄のやつだね。キミ達なら楽勝だ。」
「わかりませんよ。ボスが判明しているということは、先に行った人がやられて帰ってきているってことですし。特殊な武器とかを持っているかもしれない。」
「だいじょうぶだいじょうぶ。なんとかなるってー。」
「そんないい加減な…うわっ?」
どぐわっしゃー、と、どでかい音がした。岩かなんかが砕けた音だ。
「先客?」
「別の冒険者さんかー。だったら物陰から様子を見て、どんな感じの敵なのか探ろう。相手の攻撃パターンを知ることは、勝利の近道だしね。」
「わかってますよ、言われなくても。」
ちょっとイラっとした口調で、ミレイちゃんがつぶやく。「馬鹿にアドバイス受けるなんて屈辱だ」と思っているのだろう。みくびられたものである。
まあ実際、他のパーティがボスと戦ってたら様子見させてもらう、というのは常識になっている。聞くまでもねーよって感じなのだろう。よかれと思って言ったのに。
「後輩は、先輩から助言をもらうと喜ぶ」って話をきいたことがあったが、だめだった。どうやら、当たり前のことをドヤ顔で言ったところで、けして尊敬はされないらしい。人間関係とは難しいものだよ。
ちなみに、「他人のボス戦は見物してよし」という暗黙のルールは、「他人のボス戦には基本手出しはしない」という紳士協定とセットになっている。報酬の分け前が減るからね。
ピンチなのに助けてくれなくても、目の前でボス倒されて無駄足になっても、あと一撃ってところで力尽きて後続パーティにおいしいとこ取りされても、文句なし。それが冒険者のマナー。
いろいろ損得絡みの取り決めがあるのだ、ロマンあふれる冒険者のあいだでも。
そんなわけで、我々は岩陰からバトル現場をのぞき込んだ。
見ると、ボスは噂通り、獣面の巨人トロルだ。
こん棒を持ったトロルに対し、槍使いの女の子が独りで立ち向かっている。装備を見る限り、火系の戦士…サラマンダ・ナイトのようだ。ダメージこそ受けてなさそうだけど、たいぶ息が上がっている。長期戦になっているようだ。
トロルは典型的な、でかくてノロい体力馬鹿。一発当たればでかいけど、ほとんど当たらない。でも体力はあるので、泥試合になりやすい。
じゃあどれくらい頑張ったのかなと、トロルのダメージ具合を観察する。と、どうやらノーダメージだ。元気ハツラツでぴんぴんしてる。
「んー、苦戦してるっぽいねー。敵さん、傷一つついてないよ。ソロで戦ってるからかな?」
「だとしても、無傷ってのは変でしょう。やっぱり、普通のトロルとは違うみたいですね。」
「だねー。ん?どしたのエレナさん。」
「いえ、あの娘、ちょっと見覚えが…。」
エレナさんが、いぶかしげに眉をひそめる。槍使いの娘をガン見している。
「えー?そりゃ同じ冒険者なんだから、どっかで会ってても別に…、あれ?」
違和感を覚えた。トロルが、装飾品を身につけていたのだ。小指に、指輪が光っていたのだ。
そしてその指輪は、どうやら、ただのおしゃれアイテムじゃないようだった。
「ね、ちょっと見て。ほら。トロルの小指にはまっているのって、もしかして。」
「…マヒストラルのリング、ですね。なるほど、ナイトでは歯が立たないわけだ。」
マヒストラルのリング。
物理攻撃を全て無効にする、めっちゃ厄介なアイテムだ。
つまり、魔法攻撃でしか倒せないというわけだ。これは、魔法担当のミレイちゃんに気張ってもらうしかない。
と思ったら、当のミレイちゃんは、困り顔でうーむと腕組みをしていた。どうした。
「どしたん?やっつける自信ない?」
「というか、攻撃魔法もっていないんです、ボク。麻痺とかで相手の動きを鈍らせて、姉さんが速攻で倒すという戦法でやってますから。」
「ありゃま。じゃあ、退却する?」
私はすぐさま逃げ腰になった。
と言っても別に、私が無気力人間だからではない。それはそうなのだが、それだけが理由じゃない。
状況が厳しくなったら、すぐ退却。
それが長く冒険者を続ける秘訣なのだ。
無理な戦いを繰り返した挙句、結局クリスタル五回壊してお終い。そうなった冒険者を何人も知っている。実力があったにも関わらず。無理はしないに限るのだ。
「そうですね。仕方ないでしょう。高い報酬金が出るので、もったいないですけど。」
ミレイちゃんが、少し未練を残しつつも同意する。
「こういうときに、攻撃魔法使える頼もしい仲間がいればって思うんですが…。」
悔しそうに唇を噛む。そして、ちらりとこちらを見た。この、伝説のシルフ・ウィザードである私を。
これはもしかして、私の活躍を期待しているのだろうか。私の華麗なる超ウルトラスーパーハイパー大活躍を、待望しちゃっているのだろうか。弱ったなー。
「まあ、ないものねだりしても始まりませんしね。撤退しましょう。」
「あ、うん。そだね。」
と思いきや、ちっとも期待されていないようだ。いや、いいんだけど。
攻撃魔法がなければ、ボスは倒せない。
でもミレイちゃんは、攻撃魔法持ってない。
そして私はやる気がない。
なので帰る以外に選択肢はない。やむを得ない判断だろう。
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