第7話 大公開!私の実力…。
それから数時間後。
「あのー、テスさん。ちょっといいですか。」
溜まりかねたように、ミレイちゃんが眉間にしわを寄せて話しかけてきた。
「なんですのん。」
「泰然自若は結構ですけど、もっとこう、なんというか…。」
「ちっとは働けと?」
「まあ、はっきり言えば。」
「あんたほんとに凄いのかよ、なんにもしないんじゃなくて、なんにも出来ないんじゃねえの、と。」
「はっきり言えば。」
ふーやれやれ、と私は肩をすくめた。
いつかこうなる気はしていた。予感は最初からあった。「何もしなくていいって言われて本当に何もしなかったら、嫌な顔されるかも」という予感が。思っていたより早かったけど。困ったものだぜ。
「何言ってるのミレイちゃん!テス様は、いるだけでありがたいというか、存在自体が尊いというか、そういうあれなんだから…」
「オーケー、いいでしょう。」
ぷりぷり怒るエレナさんを、手で制す。
「ミレイちゃん、あなたの気持ちはよくわかりました。」
「はあ。」
「もちろん、だからと言って働きはしません。なんにもしなくていいって契約ですし。」
「はあ…。」
「ですが、役立たずのデクノボーと誤解されるのも、私としては非常に不本意。」
「誤解というか…。」
「なので、働く代わりに、私の得意な魔法を披露しましょう。それで、このテス・ユリシーズがただものではないということがわかるはず。どう?」
私の提案に、ミレイちゃんがウザそうな顔をする。
「どう?と言われても…。戦闘に協力してくれないなら、そんなの見せられたところで」
「テ、テス様!もしかして、あの伝説の技を見せてくれるのですか?!」
やんわり拒否されかけたところで、エレナさんががっつり食いついてきた。
「ふふふ、ま、そういうことです。もちろん、興味ないというならやりませんが。」
「ありますあります興味あります!絶対見たいです!ね、ミレイちゃん!ね?!」
「あーっと…。」
「ね?!ね?!ね?!」
エレナさんが妹の手を握り、キラキラした瞳でみつめる。顔が近い。姉妹じゃなかったら惚れちゃう距離だ。ミレイちゃんが、ちょっと頬を赤らめて目をそらした。
「うん…。興味ない、こともないかな…?じゃあ、まあ、よろしくお願いします。」
「オッケー、目ん玉ひん剥いてとくとご覧あれ!」
エレナさんの圧により、どうにか披露する流れになった。危なかった、よかった。自分から「凄い技見せてやんよ」と宣言して「結構です」と断られたら、あまりにもブザマである。ブザマが過ぎる。
「じゃあ、ええと…。ご存じの通り、一つの魔法を鍛錬していくと、呪文詠唱を短縮できるわけですが。」
「はい。」
魔法とは、体内の魔力を外部に出力すること。正しく出力するには、術の顕現するビジョンを、しっかりイメージすることが重要。
呪文は、そのイメージを手助けするためのものだ。語感とリズム…いわば言霊の力で、正しい術のイメージを導く。
つまり、脳内で正確なイメージを描くことさえ出来れば、呪文は必要なくなる。
「今から、私が一生懸命がんばって、詠唱時間ゼロで使えるようになった術をお見せしましょう。」
「おお、それは凄いかもしれません。」
「はわ…!まさかあれをもう一度拝見できるなんて!感激です!ミレイちゃん、まばたき厳禁よ!」
「え、そんなすごいやつなの?」
エレナさんが、期待感をガンガンに煽る。うーん。いや、まあいいけど。現役時代、この魔法を使いまくっていたのは事実だし。
「じゃ、いきまーす。さん、にー、いち。ほい。」
ほい、のタイミングで、私は消えた。
で、五歩くらい先の地点に出た。
これが私の得意魔法、ちょっとだけ瞬間移動である。
正式には、超短距離転移魔法「ラーナ」。
自分の足元に入り口用の魔法陣、前方に出口用の魔法陣。その二つを同時に脳内で描き、魔力で具象化するのだ。
今もトイレに行くときとかに使うので、腕はぜんぜん落ちていない。まあ本当は、ダンジョン以外で魔法使ったらいけないのだけど。
「どう?」
「す、素晴らしいですテス様!ああ、まぶしい!後光!後光が!」
「いや…。」
胸を張って振り返ると、エレナさんは拍手喝采だが、ミレイちゃんは曇り顔だ。なーんだそりゃ、って顔だ。なぜ。
「あの、テスさん。それって、初級魔法のラーナですよね…。」
「そうだけど。」
「シルフ・ウィザードの人達が、魔法学校で、かなり序盤に習うやつじゃないですよね…。」
「そうだけど。お気に召さない感じ?」
「確かに無詠唱でやってるのは初めて見ましたけど、もっとこう、派手なものを期待していたので…。姉さんの前振りが過剰だったというのもありますが。」
そのエレナ姉さんは、感激のあまりむせび泣いている。この落差よ。
「うーん、そっかー。この凄さ、お子様にはまだわかんないかー。」
「うざ。」
「でも弱ったな。これ以外に私が知っている魔法は、手の平からちっちゃい光の玉出すやつだけだよ?パチッとするやつ。」
「それ、『メルト』…。ウィザード系の全生徒が共通で使える、初級も初級の魔法じゃないですか…。え、なに、ドラゴン退治した人ですよね。ドラゴンって超弱い生き物だったんですか?」
「そうでもないけど…。私呪文覚えるの嫌いだったから、魔法学校じゃずっと瞑想(ぼんやり)してたんだよねー。だから、二つっきりしか魔法知らないっていう、ね。」
ちょっとだけ瞬間移動、ラーナ。
パチッとくる攻撃魔法、メルト。
この基本魔法二つだけで、私はやりくりしてきたのだった。なんだって基本は大事。高等魔法など邪道よ。
「よくそれで…。まあ、よほど仲間に恵まれていたんでしょうね。」
「で、一応見る?光の玉出すの。」
「いいですよ、もう。あなたの実力はよくわかりましたから、端の方でおとなしくしててください。」
「望むところだ!」
けっきょく、失地回復とはいかなかった。だけどまあ、これで大手を振って「何もしない」ができるので、結果オーライと言えよう。
ずーっとこのまま、なんの仕事もせずに楽してダンジョン攻略できたらいいな。
そんなことを思っていた。
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