第9話 圧倒的パワーで無双するカッコいいシーン…

「ちゅーわけで、帰ろーエレナさん。…エレナさん?」

 彼女は、依然として槍使いの娘をみつめていた。その表情は、今までになく強張っている。

「姉さん?」

「…思い出した!」

 エレナさんが、叫ぶように言った。明らかに声に焦りがある。

「サーシャ!あの娘、このあいだ五回クリスタル破壊されたサーシャじゃないの!」

「五回?ってことは…。」

「不法冒険者です!」

 マジか。いけない。それはまずい。まずすぎる。

 ミレイちゃんの顔色が変わる。限りなく緊迫した表情。おそらく私も、同じ顔つきをしていただろう。

 冷や汗。

 一瞬にして、私の背にどっと浮かんだ。

 不法冒険者。その一言で、空気がシリアスなものに一変した。

 クリスタルが五回壊れると、冒険者の資格を失う。

 それでも、こっそりダンジョンに行く元冒険者がときどきいる。それを不法冒険者と呼ぶ。

 実力者だった人が、往々にしてそうなる。認めたくないのだ。自分が冒険者でなくなったことを。

 クリスタルがなくなっただけで、自分は全然戦える。そのことを証明したいのだ。

 しかし、クリスタルがないということは、当然…。

「助けて!」

 切迫した声。槍使いの娘だ。こちらを見ていた。

 恐怖に震えていた。

 当たり前だ。クリスタルがないということは、深手を負えば…。

 死ぬのだ。

「ああ、もう!」

「テスさん?!」

 岩陰から飛び出す。

 しかたない。こうなったらやるしかない。見捨てるわけにもいかないでしょ。

 ラーナ(超短距離転移魔法)。無詠唱で発動させる。魔法陣。少し先の上空に配置する。移動。連続発動。ラーナ。ラーナ。ラーナ。ラーナ。ラーナ。

 ラーナの無詠唱&連続使用で、空を駆けあがる。

 トロルの頭上まで来た。死角。

 メルト(光球射出魔法)。無詠唱で。メルト、メルト、メルト、メルト、メルト、メルト、メルト、メルト。

 メルトの無詠唱&連続使用。光弾を高速で連続射出。光が連なり、線状になって掌から放出される。命中。しかしダメージが薄い。着弾点がブレているせいだ。ブランクのせいか。集中しろ。焦点を定めろ。一点を執拗に穿て。メルト、メルト、メルト、メルト、メルト。そうだ、トロルの頑強な皮膚でも、同じ個所を執拗に突けば破れる。ほら。こんなふうに。

「あがおおおおおっ!」

 トロルが身をよじった。棍棒を振るってくる。ラーナ。ラーナ。ラーナ。回避。また死角に回る。メルト。メルト。メルト。メルト。棍棒。ラーナ。ラーナ。メルト、メルト、メルト。棍棒。ラーナラーナメルトメルトメルトメルトメルトラーナラーナラーナメルトメルトラーナメルトメルトメルトメルトメルトルトメルトメルトメルト。一点。宙を舞い、一点のみを集中攻撃する。

 皮膚が破れれば、肉を裂ける。肉が裂ければ、骨に届く。骨の周辺は神経の密集地帯。触れただけで激痛が走る。

「ぎゃおっ!ぎゃおっ!うごがあああああ!」

 トロルが棍棒を投げ捨てた。両手で傷口を覆う。隙だらけ。全ての急所がノーガードだ。

 理想形。昔はここから仲間がとどめを刺していたが、今は自分でやるしかない。

 ラーナ。敵の真横に移動する。ばかでかい耳。その耳の穴めがけて光弾を放つ。メルト。奥まで届いた。頭の内部で光が弾けた。トロルが白目を剥く。チャンス。攻撃。再び耳の穴に。メルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルト…。

 トロルが膝をついた。

 ずし…

 音を立てて、巨体が崩れ落ちる。

 肉体が光の粒子になって消えていく。小さな宝石になっていく。モンスターのコアだ。怪物の命が尽きた証だ。

 勝った。

 はー、疲れた。

「さ、さすがですテス様―!」

 エレナさんが、ぱたぱたと駆け寄ってくる。

「無詠唱で連続使用することで、ラーナが高速で宙を駆ける魔法に、メルトが無限連射弾に早変わり!膨大な魔力を持つ、テス様だけに許された芸当です!」

 さっきの状況を、簡潔にわかりやすく説明しつつ褒めてくれる。出来た子だ。まあつまり、そういうことだ。

 短距離ワープを重ねれば、高速移動になる。

 低ダメージの弾を連続発射すれば、ビームみたいになって、そこそこの威力になる。

 十年前の私はそうやって、名だたるモンスターを撃退していたのだ。

「素敵でした!最っ高でした!やっぱりあなたこそが、冒険者の中の冒険者、魔術師の中の魔術師です!」

「でへへ。まあまあ、それほどのことはなくもないかな。にやにや。」

 がんばってやったことを手放しで賞賛され、やにさがってしまう。いい気分。うひょひょ。

 彼女の言う通り、魔法二つっきりしか知らない私の取り柄は、バカみたいに沢山ある魔力だけだった。

 魔力の量は、瞑想を繰り返すことでアップする。

 ぼんやり屋の私は、瞑想が大得意かつ大好きだった。

 なので、魔法学校の学生生活の大半を瞑想して過ごした。授業嫌いだったし、友達いなかったし、趣味もなかったし。

 その結果、ちょっとありえないくらいの量の魔力が身についたのである。

 それが功を制し、二つの基本魔法だけで戦闘できる女になったのである。ぼんやり屋でよかった。ぼんやり一番。ぼんやりしてればなんでもできる。

「ああ、素敵ですテス様!金の魔法陣がいくつも連なり、美しい軌道を描きながら宙を舞うお姿は、まさしく金色の翼でした!あたし一生あなたについていきます!」

 エレナさんが、きらきらした瞳でこっちをみつめる。いかん。にやにやが止まらない。調子に乗ってしまう。

「うへへへ、いやいや、そんな。ちょっと本気を出しただけですよー、なーんて。あ、槍使いのお嬢さん。だいじょうぶ?怪我はないかい?」

「あ…はい。ええと、その…、ありがとう、ございました…。」

「ん?」

 不法冒険者を優しく気遣うと、なんか彼女は、お礼を言いつつ妙な顔で視線をそらした。「悪いから、あんま見んとこ」みたいな感じで。なんだよ。ちょっと気ぃ悪いよ。

「…テスさん。」

「お。」

 いつの間にか、ミレイちゃんが横に来ていた。

 あからさまに私を見下していた彼女も、きっと今の活躍で見直したに違いない。尊敬とかしちゃったに違いない。なんならもう、それ以上の感情すら。

「いやー、そんな。ちょっと本気を出しただけだってば。」

「まだ何も言ってませんが。」

「あ、そう?」

「まあ確かに、凄かったです。」

「いやいや、そんな。」

「でも、それ…。」

「ん?」

 ミレイちゃんが、私の胴を指さす。

「あ。」

 忘れていた。

 パジャマ。

 ローブがはだけ、きったねえパジャマ姿があらわになっていた。

 そうだった。私は服の下に、こんなどえらい恥爆弾を仕込んでいたのだった。完っ璧に失念していた。

「あーっ、こ、こここれはですね、あの、そのー。」

 やばい。これはやばい。恥ずかしすぎる。

 こんなみっともない恰好で、自在に空飛んで光弾の雨降らせてたなんて。滑稽が過ぎる。ギャップで余計にブザマだ。やられたトロルくんも、草葉の陰で苦笑いであろう。

 こんなことなら、最初からパジャマ姿で登場するべきだった。

 ギャップ。それは諸刃の剣。

 マイナスイメージから始まって、のちにかっこいいことすれば、好感度は爆上がり。

 しかし逆に、かっこいいことやったあとに汚い姿をさらせば、好感度は急降下してしまう。そう、今の私のように。

 空を飛んで大活躍!からの、小汚い寝巻き姿。

 そのギャップはだめだ。ガッカリしかしないやつだ。

 おまけにこんな格好で、助けた女の子に「大丈夫だったかい?」なんて気取って声をかけたのだ。ヒーロー気取りで。パジャマ姿で。ああ。

「何言ってるのミレイちゃん!これは『こんなチンケなダンジョンなんざ、朝食前の軽い運動代わりだぜ』っていうテス様の粋な意志表示よ!ねー、テス様!」

「そ、そう…なんだぜ?」

 エレナさんのフォローに、とりあえず乗っかる。

 ここはひとまず、「余裕を強調するための、あえてのパジャマだった」ということにしておこう。じゃないともう、やってられない。

「わ、わー。そうなんですかー。すごーい。」

 槍使いの娘が、明らかに無理した笑顔で手をぱちぱち叩く。槍使いは気づかい屋さんでもあるようだ。その優しさがつらい。

 だが、ここでうろたえてしまっては、何もかも台無しだ。耐えろ。

 平然と胸張って押し切れば、だんだんみんな「あ、本当にあえてのパジャマだったんだな」と思ってくれるはずだ。平常心。クールにいこう。

「わかったー?ミレイちゃん、そういうことなのよ!だからテス様のこの恰好は、全然おかしくないの!ちっとも変じゃないの!むしろかっこいいやつなの、これは!」

 エレナさんの全力擁護に、私はうんうんと腕組みをしてうなずく。そうだとも、何も恥じることはないのさ。恥ずかしくない恥ずかしくない。これが私なのさ。どうだ。

「いや、でも姉さん…。」

 申し訳なさそうに、おずおずとミレイちゃんが言う。申し訳ないと思っているなら、黙っててほしいのだが。だめか。

「なーに?」

「『何もおかしくないの』って言うけど、当の本人がそう思ってないような。」

「え?そ、そんなことないでしょ…。」

「だってテスさんの顔…、超真っ赤だし。」

「……。」

「……。」

「……。」

 沈黙。

 気まずい空気が、場を支配する。もうだめだ。耐えられない。赤っ恥だ!

「うわああああああ!」

「テス様ー!」

 シュババババと、金の魔法陣を連続でつむぐ。

 得意の瞬間移動をフル活用して、私は速攻でその場から逃げた。

 こうして私の冒険再出発は、ださカッコ悪い幕開けと相成った。なかったことにしたいよ。

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