第26話

「俺だって好きで彼女とイチャついてたわけじゃないのに。」



「うぇ…」




隣にいる沙良からは不快感を塊にしたような声が漏れる。


あたしが『結依…』誰に宛てたわけでもなく呟くと、結依は「おはよう。」と右手を上げながら階段を上ってきた。


おはよう、と口にするにはだいぶ遅い時間だが、目の前には確かに優美な顔をした結依がいる。


しかし、あたしの隣に腰を下ろそうとした結依を制したのは、グシャリとパンの袋を握り潰した沙良のほうだった。



普段は冷静沈着な沙良の額には青筋が2本ばかり走っている。




「勝手にあたしの視界に入らないでくれる?無節操が移るから。」




嫌味に笑おうとして失敗した顔が怖い。


きっと沙良のクラスメイトが見たら絶句する。




「無節操って移るんだっけ?」



「物の例えよ。っていうかあたしの前で喋らないで。耳が腐る。」



「俺にそこまで言うのって沙良ちゃんだけだよね。さすがに泣きそうなんだけど。」



「あたしの視界に入らないところでどうぞ。」




フィッと顔を背け、決して目を合わそうとしない沙良。


結依も"泣きそう"って言いながらも、三日月を描いた口元はとても楽しそうだ。



そうやって飄々(ひょうひょう)と嫌味をかいくぐる様が沙良を苛立たせていることを、結依は知っていてあえてやっているのだ。


沙良も結依のそういう部分を見抜いているからこそ、余計に腹が立つのだろう。




「挨拶が済んだならさっさと消えてくれる?」




そして沙良が迷惑そうに手で払うと、結依はおもむろにあたしの隣へ座り、「それは無理。」と、勝手に飲みかけのウーロン茶へ口づけた。




「だって俺、美羽のこと借りにきたんだもん。」

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