第10話

気づいているのかいないのか。


マイペースかつ、自分の容姿に絶対的な自信を誇る結依に嫌味は通用しない。


身長差があるため、不自然な態勢のまま階段を下りていくと、ビーフシチューの甘く芳ばしい匂いが廊下のほうにまで漏れていた。



リビングのドアを開けると、その匂いはさらに食欲を刺激する。




「わ、美味そー」




結依はあたしに絡めていた腕を解き、お母さんのいるキッチンへと駆け寄った。




「あら結依君、もうすぐ出来るからちょっと待っててね。」




カウンターごしに母を見つめ、いつもありがとね?と、愛らしい笑顔を作る。


抜かりなく色目を使う結依に疑問を覚えなくもないが、でも「今さら遠慮しないの。」と、頬を染める母もまんざらじゃなさそうなので、あえて黙っておく。



あたしの周りが"今さら"で溢れているのも今さらだ。




「結依君は玉葱苦手だったのよね?」




お母さんがビーフシチューを器に装いながら聞くと、テーブルにスプーンを並べていた結依は一瞬きょとんとして、やがて子供っぽく舌を覗かせた。


男子高生がやったって可愛くも何ともない仕草も、結依がやると驚くほど様になるから不思議だ。




「そー、代わりに美羽のほうに入れてやってよ。」



『ちょ、あたしだってそんないらないんだけど。』



「でもお前食えるじゃん。」



『だからってなんで結依の代わりに食べなきゃなんないの。』



「だってせっかく作ってくれたのに残したら勿体ねぇじゃん。」




ねーオバサン?と、結依は持ち前の武器で母を味方につける。


案の定、あたしの器にはたくさんの玉ねぎが沈んでいて、ほとんどお肉の入ってないビーフシチューに少し哀しくなった。


愛らしかった結依を黒く変貌させた一因として、当然うちのお母さんもカウントされていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る