第23話

「なんでそんな離れて座ってんの」


「…っ、うるさい!」




部屋の隅っこで小さく膝を抱えている背中に声をかけると、緊張に強張った肩が分かりやすく跳ねた。俺に背を向けているせいか強がりで吐いた悪態も壁にぶつかって消えるだけで、すぐに居心地の悪い沈黙が返ってくる。


もちろん居心地悪く感じているのは実花だけだ。


俺はどちらかというと顕著な変化を楽しんでいる。


今までもちょっかいを出せば理性を煽られるような反応を見せられることはあったが、それでも幼馴染という壁に阻まれて曖昧に誤魔化されてきた。俺自身も長年の信頼を裏切るの怖くて深く踏み込めずにいた自覚がある。


軽薄な唇から紡がれる戯言にも実花は赤く頬を染め、悔しそうに唇を噛んで睨みつけてくる。そんな初心な反応に唇の端を吊り上げる俺はまだ誰のモノにもなっていない、と、仄暗い安堵を得るのだ。



しかし、探り合うような戯れも今日でおしまい。


晴れて恋人同士となった俺たちは幼馴染という関係に邪魔されることなく実花の気持ちにも、身体にも、踏み込んでいける。




「ねぇ、実花。いつまでそっち向いてんの。早く飲まないからアイスティーの氷溶けちゃってるよ」


「…いい。ほっといて」


「ほっといてって言われてもねぇ。壁と睨めっこしている実花を見てるのもそろそろ飽きてきたんだけど」


「じゃあ帰らせ…」


「それはダメ」




被せるように言うと、実花の肩がまたピクリと跳ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る