第9話

「誰のせいだと思ってんのよ…」


「さぁ?」


「…本気で言ってんならもう行く」




不遜に頬を緩めた飛鳥に気づけば手を握り締めていた。


飛鳥の冗談めいた態度が許せなかった。好きって気持ちには応えられなくても、誠実な姿勢にはちゃんと応えたいと思っていた。


だから追い返すような真似をしながらも含みを持たせた言い方で挑発しようとする飛鳥に胸がザワついたし、ムカついた。久本君だって怒りはしなかったが、いい気分はしなかったはずだ。


ましてやあたしと飛鳥は付き合っていない。


なんで嘘までついて横槍を入れようとしたのか、軽々しく“彼女”だと嘘をついてしまえる飛鳥に嫌でも温度差を感じてしまう。



飛鳥とは小さい頃からの幼馴染だ。


家が隣同士で家族ぐるみで仲が良かったため、それこそ物心つく前からの付き合いだった。


だいたい、飛鳥はあたしにちょっかいを出すほどオンナには困っていない。艶やかな黒髪は男にしては長く、チラチラと覗く耳にはシルバーのリングピアスが鈍い輝きを添えている。


眉目秀麗、というのだろうか。切れ長の二重瞼に、薄い唇。スッと通った鼻筋にはいつしか眼鏡が掛けられるようになり、レンズの奥に潜んだ瞳には底知れぬ色香が揺らめいている。


真面目な風貌と漂う色香のギャップにあてられる女はむしろ掃いて捨てるほどいた。




「俺、これでも怒ってんだけど」




しかし、6段ほど階段を下りたときだった。


同様に階段を下りてきた飛鳥があたしを抜かしながら言う。突拍子もないセリフに足を止めるも、あたしはすぐにその背中を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る