第5話
「やっぱり、覚えてないんですね」
「え…?」
「ううん、何でもない」
ガチャン、と、噛み合った鍵が施錠を解いた。捻った鍵もそのままに彼女を見下ろすと、冷ややかな双眸にはポカンと間の抜けた顔をした姿が映って見える。
青白い蛍光灯の明かりを受けた頬は遠目に見たときよりも白く、ふと耳朶を撫でた声には意外にも耳なじみのよい柔らかさがあった。
「…ごめん。どっかで会ったことある?」
鍵に触れる手を少しだけ緩める。訳の分からない状況が面倒で知らん顔しようと考えていたのに、耳の奥でリフレインする疑問は考えるより先に言葉になっていた。
彼女は僕を見上げたまま、やはり瞬きすら返さない。しかし、彼女の第一声は、関わりたくないと願う僕の足さえも止めてしまうほどの破壊力を持っていた。
虫の音さえも潜む深夜。自宅の玄関に居座られているだけでも衝撃的なのだ。それなのに彼女は“覚えてないんですね”と、あたかも面識のある言い方をした。
あまりよろしくない記憶力を頼りに探ろうとするも、結果は何も変わらない。試すように見上げてくる双眸に息を詰めると、ふと目線を下げた彼女はおもむろに腰を持ち上げた。
屈んだ拍子に髪が揺れ、僕の傍らに立った彼女は小さく息を吐く。
細い肩と小さな頭から想像するに身長差は歴然だったが、それでも対等となった目線は思った以上に低かった。
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