第3話

本来であれば無視をして部屋に入ってしまえばいい。


ちら、と、目線を逃した玄関先には自身の部屋番号が表記されている。ここは間違いなく僕の部屋だ。だから、たった今取り出そうとした鍵でドアを開け、いつものように、何食わぬ顔で、何も考えずに部屋に入ってしまえばそれでおしまい。


その後はシャワーを浴びて、ご飯を食べて、歯磨きを済ませてベッドに潜んでしまえばいいだけのこと。


しかし、僕は指先に触れた鍵を外気に晒すことが出来なかった。無意識に息を詰めると、鍵が気持ち悪いくらい汗ばんでいることに気づく。――…そんな僕を、色素の薄い瞳が凝視していた。




「…何、してるの?」




緊張か、戸惑いか、口の中が枯れているせいで声が震えた。安易に唇から零れた音が静寂を壊し、僕は複雑に眉根を寄せたまま自身の玄関先を見つめる。


こっちは訳の分からない状況に冷や汗を掻いているというのに、相手は瞬き一つ返さない。


人様の玄関先に座り込み、膝を抱えたままスカートなのも構わずに視線を投げてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る