犯人は誰だ!

夏目 漱一郎

第1話 犯人は誰だ!

 東京丸の内にそびえ立つ、とある企業の本社ビルの会議室に数名の役員が呼び出されていた。


「実は私も秘書からこの時間に会議室へ集合するように言われたんだが、いったいここで何が始まるというんですかね?」


「いや、なんでもから、それを今からここで発表するらしいですよ」


「発表って、いったい誰が発表するんです?」


「どうも会社の方で、腕利きの探偵を雇ったという話を聞きましたが……」


 今から遡る事一週間前。このビルの社長室で、社長である高橋泰造の刺殺死体が発見された。死体に刺さっていた凶器であるナイフの指紋はきれいに拭き取られ、犯人を特定するような遺留品は発見には至らなかった。


 警察は動機の方面から犯人を絞り込もうと考えたが、生前の高橋社長は典型的なワンマン社長であり、彼を快く思っていない人間はそれこそ数えきれない程多かった。その為、決定的な手掛かりに欠けこの捜査は暗礁に乗り上げてしまった。


 暫定的にこの企業を取り仕切っていた副社長の『相川康弘』は、事件の早期解決を計る為に知り合いのツテを使って評判の良い探偵にこの事件の捜査を依頼した。



          *     *     *


予定の時刻になると、会議室の扉が開き一人の男が入ってきた。


「いや皆さん、お忙しいところ恐れ入ります。これで全員ですかな?」


「一応呼ばれた人間はこれで全員です。ところで、あなたは誰です? 刑事さんとは違うようだが……」


取締役の一人、常務の井上がやってきた男に問いかける。男の風貌は刑事にはとても見えない。なんというか、恰好をしていた。


「これは、挨拶が遅れました。私は。どうぞお見知り置きを」


男は軽く頭を下げ、井上に名刺を差し出した。その名刺に視線を移した井上は、そこに書かれた名前に驚いて男の方を見上げた。


「金田一耕助だって!? あなたがあの有名ななんですか!」









「いや、名刺をよく見て下さいよ。です。『全田一耕助』と言います……皆さんよく間違えるんですよ」


「紛らわしいわっ!」


「それで全田一さん、いったいどうしたんです? 突然皆を集めたりして……」


集められたメンバーの中の一人『宇佐美』の質問に、全田一は自信に満ちた表情で答える。


「貴社の『高橋』社長が社長室で何者かによって殺害されたこの密室殺人事件。

手掛かりも少なく実に難解な事件でありましたが、ようやく真犯人の特定が出来ましたので皆さんにご報告致したいと思いましてね」


「そうですか! やっと真犯人が判ったんですね!」


「はい、判りました。事件解決ももう目前、さしずめといったところです」


そして、全田一は不敵な微笑を洩らすと意味ありげにこう続けた。



「ここにお集まりの皆さんは、全て高橋社長と関わりの深い方ばかりです。

専務の井上さん

常務の宇佐美さん

総務部長の遠藤さん

人事部長の小田さん

営業部長の勝俣さん

そして、社長秘書の北川さんと楠さん。

実は、この七人の中に真犯人がいます!」


「なんだって!」


全田一によって集められた七人は、驚いた顔で互いの顔を見合せた。


「まあ、細かい解説は追々していくとして、まずは真犯人が誰であるか発表しましょう。犯人は……………」


そう言って全田一は伸ばした人差し指を高々と頭上に挙げた。


真犯人は果たして誰なのだろう……会議室に集められた七人の容疑者は、真剣な面持ちでその全田一の指先をみつめていた。



…と、その時だった……



          *     *     *



ぶう~~~~っ!





緊張の瞬間を前にして突如鳴り響く、なんともしまりの無い音。


「誰だっ! こんな時にはっ!」


しかし、誰も名乗り出る気配は無い。


「誰だ屁をこいたのは! 小田君、キミか?」


「違いますよ専務! 勝俣さんじゃないですか?」


「私じゃ無い! 北川さん、あなたじゃないのか?」


「違いますよ! 楠さん、あなたでしょ!」


「わたしじゃありません! あの音は絶対男性の音ですよ!」


「屁の音に男とか女とかあるのかよ!」


「いや、あるかもしれん! あの豪快な音はやっぱり恰幅の良い宇佐美常務では?」


「誰がデブだっ! 井上! そういうお前が一番怪しい!」


「俺がそんな無神経な事するかっ! 宇佐美じゃなければやっぱり小田だ!」


「何でそうなるんだ! いくら常務でも失礼にも程があるぞ!」


誰が屁をこいたかで思いのほかヒートアップする容疑者の七人……


その様子を目の当たりにしている全田一は、困惑の表情を隠せないでいた。


「あのぅ、皆さん……社長殺害の真犯人なんですけどね……」


「やかましい! ! すっこんでろ!」


「えええ~~~~~っ!」


もはや、全田一はすっかり蚊帳の外である。



     *     *     *




「だいたい、俺はこっちの方から音が聴こえた気がするんだよな!」


「そう、そう! そっちの方から聴こえたぞ!」


「だとしたら、宇佐美常務、小田部長、勝俣部長の辺りだな……」


「やっぱり小田部長、アンタじゃ無いのか?」


「冗談じゃ無い! !」


「・・・えっ?」




一瞬、場内の空気が沈黙に包まれた。




「社長殺したのって、キミだったの?」


「ま、まあ~ですが……」


残る六人の容疑者の視線が、一斉に小田部長へと注がれる。


ところが……





「ふ~~ん………まぁ、が……それより屁をこいた真犯人は……」


「ちょっと! どうでも良くはないでしょう!」


堪らず全田一が口を挟むが、もはや容疑者達の関心は殺人事件からほど遠いところにあった。


「いや全田一さん。もうどうでも良いですよ。あのワンマン社長が代われば、この会社も今よりはもう少しマシになるというものだ」


井上専務のその言葉に、他の六人も大きく頷いて賛同する……殺された高橋社長は、社員達によほど嫌われていたらしい。


もはやこの七人にとって、社長殺害事件の事など全く眼中に無いと言ってよかった。


しかも、小田部長があっさりと自白してしまった今となっては、全田一の存在理由は無いに等しいものとなってしまった。


「じゃあ、小田部長が屁をこいたと思う人~~~」


「は~~~い」


「勝手にやっていて下さい! 私は帰ります!」


殺人事件の事などほとんど無関心のこの状況に、全田一もさすがにキレてしまった。


「おや、お帰りですか全田一さん? それじゃ北川君、タクシーお呼びして」


「結構!」


全田一は、とても憤慨した様子で応接室のドアを乱暴に閉め出て行ってしまった。



          *     *     *



会社の会議室がある五階から一階のロビーへと降りるエレベーターの中……全田一は、ふぅと安堵の息を洩らしていた。


「まさか、あんなに大騒ぎになるとは……しかし、彼等はやはり素人だな。

あらゆる可能性を網羅しなければ、真犯人には辿り着けないという事だ!」


そう呟くと全田一は、自分しかいないエレベーターの密室での屁を思いっきりこいた。




ぶう~~~っ!














この時、すでに何名かの来客がロビーでそのエレベーターの到着を待っているとも知らないで………




END














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