第10話

しかし、向日葵の"黄色"には程遠かった。


むしろ闇を思わせる"漆黒"に圧倒されたのはあたしだけではない。


肩につきそうなほどの黒髪は遠くから見ても艶やかで。黒のタイトなTシャツにブラックデニムのスキニーパンツという格好は、この眩しすぎる夏には酷く不似合いだった。



その絶対的な"漆黒"を前に、あたしの思考は完全に停止していた。


声も、色も、その全てに見覚えがあったから。




「――…っ!」




しかし、どのくらい瞬きを忘れていただろう。


ふと弾かれたように立ち上がったあたしは「隣の…っ!」思わずありえないほどの大声を張り上げていた。あまりの勢いにイスがガタ…ッ!と音を立てて倒れる。




「あ…」




静寂を引き裂くような凄まじい音。そして声。


入口に向いていた注目が今度はあたしのほうへと向けられる。




「なん、で…」


「…ゆう?」




拓の訝しげな声にも反応出来ず、視線の先に立っている人物にただただ呆然とした。


だって、ありえない。


なんでこんなところに、絶対に関わることがないと思っていた人物がいるのだろう。




「…驚いた。ここでも一緒だったんだ」




男はようやく交わった視線に目を見開くと、でもすぐにその綺麗な顔に笑みを貼りつけた。


途端、周りからウットリするようなタメ息が漏れたのは、きっと気のせいではないだろう。

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