第5話

「…ってか、名前!」


「ん?あー、ちょっと失礼」


「へ?」




言い当てられた名前に驚いたのも束の間、ドアから手を離した男はおもむろに靴を脱いだ。


そして玄関と隣接している台所までやって来ると、あたしには目もくれず、火のついたコンロのつまみをカチャリと捻ったのだ。


火の消えたフライパンからは徐々に油の跳ねる音が消え、それと同時にあたしを見下ろす黒髪の男。




「火、危ないしね。」


「…っ!」




フッと唇の端を上げ、ささやかに細められた眼差しは柔らかい。


男はポンとあたしの頭に手を乗せると「ばいばい」と一言残し、入ってきたばかりの玄関からまた出て行った。




「あー…、そだ」




帰り際。


勝手に開けた冷蔵庫からケチャップとマヨネーズを手に取って。




「女の子なんだから鍵くらいかけとけば?」




静かに閉まりゆくドアの隙間。


嫌味なくらい、綺麗に作られた笑顔が見えた。

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