第4話

7月31日(曇)




「ねぇ、ケチャップとマヨネーズ。貸してくんない?」


「…は?」




ひさしぶりの曇り。


どんよりと空を覆い尽くす雲は太陽を隠し、湿気にまみれた空気が不快感を募らせる。


曇りといえど、空調機器を持たないアパートの一室は蒸されたように暑く、コンロの前に立てば自然と汗もかいた。


その日、あたしは隣に越してきた男性と初めて口をきいた。




「えぇと…」


「調味料。越してきたばっかでまだ揃ってないんだよね」


「調味料、ですか…?」




キッチンに立って昼食のチャーハンを作っていたとき。突然、玄関のドアがガチャリと開いて、なぜか知らない男が顔を見せたのだ。


エアコンもそうだが、築何十年のボロアパートにチャイムなんてモノも存在しない。突然の訪問に気づいたときにはもう遅く、綺麗な黒髪にまたも目を奪われていた。




「ねぇ、聞いてる?」




沈黙に寄り添うように油の跳ねる音だけがかすかに聞こえてくる。


そんな中、男性はドアのフチに手をかけて、ドア枠に寄りかかるようにして立っていた。


髪も黒いが、瞳も吸い込まれそうなほど黒い。




「あさひなサン、だよね?」




そんな"漆黒"に呆然と立ち尽くしていたとき。


ふと男性の手がヒラヒラと目の前を過ぎり、ストップしていた思考が弾かれたように動いた。

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