第16話

父親はあたしが小学二年生のときに家族を捨てた。それからの母はあたしを育てるために朝から晩まで働いてくれたが、母の想いとは裏腹に、一人ぼっちで過ごす時間には寂しさが募った。


学校でも大人しい性格が枷となってクラスの輪に馴染むことが出来ず、家では話し相手どころか、朝も、夜も、時には眠りにつくまで一人ぼっちだった。だから優しく甘えさせてくれる兄に、あたしが心を開くまでそう時間はかからなかった。


もちろん母への感謝はあったが、あの頃のあたしは安定した生活よりも、ただ母の温もりがほしかったのだ。




「朱里」




ふと名前を呼ばれたことで思考が途切れる。


聞こえた声に顔を上げると、兄は「もうすぐ着くよ」と囁くように言った。流れる空は明るく、次第に近づいてきたプラットホームにはちらほらと乗客の気配が見える。




「どこに行くの?」


「さぁ?どこに行こうか」




兄は微笑みながら曖昧に言葉を濁す。


もしかして何も考えてないのかな?って思うも、電車を降りてからの行き先に迷いはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る