第8話

まず、お湯を抜いた風呂場に父を押し込んだ。


浴槽に沈めるような格好で寝かせ、だらけた四肢にガムテープを巻いて固定する。次に目と口を同じように塞ぎ、お湯の温度を42度に設定した。父はまだ起きない。死を目前としても尚、呑気な寝顔を晒し、ぐにゃりと弛緩した身体は箱詰めされた荷物のようだ。


準備が整うと、兄は再びフードを深く被り直した。




「朱里」


「あたしもここにいる」


「…分かってる。そうじゃなくて、もう少し離れてたほうがいいかも。どのくらい血が飛ぶか分からないから」




兄の手には刃渡り20センチほどの包丁が握られている。


ついさっきまで、魚を捌いていた包丁だ。


酒のつまみを作るために皮を剥ぎ、身を削いでいた矛先が鈍い殺意を宿して父を捕らえる。狙うは腹部だ。思いきり刃を突き立てたあとは大量にお湯を張る。それだけでいい。


あとは温まった身体がゆっくりと、確実に、血を排出してくれる。




「朱里、下がって」

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