第4話

「お父さん、卵焼き。冷めちゃうよ?」




念を押すようにもう一度声をかける。


なんて白々しい。


逸る気持ちを悟られないようにそっと近づき、父の背後に立ったあたしは父の顔色を窺いながら皿を置く。なるべく不自然にならないよう心がけたが、ゴトリと響いた音に思わず肩を強張らせた。


しかし、閉ざされた目蓋が持ち上がることはない。だらしなく開いた口からは酒気混じりの寝息が聞こえ、テーブルに突っ伏した背中は気持ちよさそうに揺れている。



父は今、どんな夢を見ているのだろう。


これから何が起きるとも知らずに、無防備な背中だと思う。




「お兄ちゃん」




薬が効いているのを確認したあたしはリビングの外に向かって声をかけた。すると呼ばれるのを待ちわびていたかのようにリビングの扉がガチャリと開いて、レインコートを羽織った兄が姿を見せる。


家に居るにも関わらず似つかわしくない格好であるが、今から起こりえることを考えるとレインコートの着用は必須だった。

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