第8話 試運転とモンスターとの遭遇
夜が更け、静けさが一層深まる中、隼人は焚き火のそばで一人見張りをしていた。
火の明かりがちらつき、時折パチパチと音を立てて木々が弾ける。
ノアとリーシャは寝袋に包まり、安らかな寝息を立てている。
「全然疲れないな……やっぱり、この体のせいか」
隼人は自分の腕を見つめながら、軽く肩を回した。
異世界に転生してからのこの体の不思議な感覚――まるで疲労を感じることがないようだ。
彼はそれを好意的に捉え、少しの不安を抱きながらも、その能力を活かしていこうと考えていた。
しかし、ふとノアやリーシャのことを思い、見張りの交代を考えた。
彼らも疲れているだろうし、自分が最初に見張りをすることで少しでも負担を減らしたいと思っていたが、二人とも一向に起きてくる気配はない。
「まあ、起きてこないならこのまま俺がやるか……大丈夫、問題ない」
隼人は静かに微笑み、自らの役割を受け入れた。
時間が過ぎるにつれ、焚き火の炎は少しずつ小さくなり、夜の空気が冷たく感じられるようになった。
それでも隼人はまったく疲労を感じることなく、ずっと周囲の様子を見張っていた。
時折、遠くから動物の鳴き声が聞こえたり、風が木々を揺らす音が響いたりしたが、それ以外は平穏そのものだった。
隼人は何かを試してみたくなり、軽く右腕を見つめた。
まだ完全にコントロールできていないが、この体の特性を少しずつ理解していく必要があると感じていた。
「少しだけ、試してみるか……」
隼人は右腕をゆっくりと動かし、意識を集中させた。
ゴルドからのアドバイスや無意識に発動していたあの時の感覚を思い出しながら、右腕に意識を集中させる。
しかし、ここでは大きな音を出してしまってはノアたちを起こしてしまう。
静かに試さなければならない。
「よし、静かに……」と隼人は心の中で呟いた。
すると右腕に軽い振動が伝わり、ゆっくりと内部から機械的な感覚が蘇ってきた。
だが、ライフルが完全に展開されることはなく、ただ腕の一部が少し変形しただけだった。
「まだ完全には制御できないのか……でも、確かに反応はあるな」
そう隼人は満足げに頷いた。
彼はもう一度腕をもとに戻し、軽く肩を回してから再び焚き火のそばに座り直した。
自分の体が持つ力は確かに異常だが、焦らずに少しずつ慣れていくことが重要だと感じた。
ふと、隼人は左腕に装着された時計型の補助装置に目を向けた。
昼頃にバリアの様なものをリーシャと試した際、補助装置の青白く光る目盛りが減っておりアナログの針が回転を開始していたが、アナログの針が止まっていることに気がつく。
青白く光る目盛りが1つ回復している。
「……回復してる?」
どうやら、補助装置は時間をかけて徐々にエネルギーを回復していく仕組みのようだ。
針時計が一周するごとに、目盛りが回復するのだろう。
隼人はこの装置の特性を改めて理解した。
「なるほど……こうやってエネルギーが回復したことを教えてくれるのか」
彼はその回復の様子を見て安心しつつも、この装置が頼りすぎるものではないことを自覚した。
目盛りがあるということは何度も使えるわけではないのだろう。
限られた回数であれば自動的に防御が発動することが分かったのだ。
「これがゴルドさんの作った補助装置の力か……」
隼人はその仕組みを理解しながら、自分の体に備わっている能力と補助装置の活用法をさらに深く考えた。
その時、ノアが眠りの中で少しだけ身を縮め、毛布に包まり直した。
彼女はぐっすり眠っているが、何か悪夢でも見ているのか眉間にしわを寄せているようだった。
隼人は焚き火のそばに座り、彼女が目覚めるまでしばらく見張りを続けることにした。
朝日がゆっくりと森を照らし始め、隼人は自分の肩を軽く回しながら静かに見張りを続けていた。
夜の冷え込みはもう収まり、暖かな陽射しが森の中に差し込んでくる。
やがて、ノアが寝袋の中で目をこすりながら起き上がった。
彼女はすぐに辺りを見回し、朝日が差し込んでいることに気づくと目を大きく見開いた。
「……えっ、もう朝!?ま、まさか、ずっと見張りを……」
ノアは驚いた表情で隼人を見つめ、すぐに申し訳なさそうな顔に変わった。
「おはよう、ノア。ああ、二人とも起きなかったから、俺がそのままやってたよ。大丈夫、そこまで疲れてないしね」
隼人は軽く肩をすくめて笑ったが、ノアはさらに困った顔をしていた。
「ごめん……本当にごめんね。見張りの交代をするはずだったのに、起きられなくて……ハヤトに全部任せちゃって」
ノアは深く頭を下げ、隼人に謝った。
隼人はその姿を見て少し驚いたが、すぐに微笑んで彼女を安心させるように答えた。
「気にするなよ、ノア。俺の体ほとんど疲れを感じないんだ。君たちがしっかり休めたならそれで十分さ」
ノアは隼人の言葉にホッとした表情を見せながらも、まだ少し申し訳なさそうにしていた。
「それでも、ちゃんと交代しなきゃダメだったよね……これからはもっと気をつける」
隼人は軽く頷いて、その話を締めくくるように言った。
「まあ、次からは気にせず起こしてくれよ。俺も色々試したいことがあったし、夜の時間をうまく使えたからね」
そう言いながら隼人は右腕を見つめ、夜の間に自分の体を少しずつ試したことを思い返した。
その時、リーシャが大きなあくびをしながら寝袋から顔を出した。
「おはよー……あれ、もう朝?」
彼女はぐっすり眠れたようで、全く気にしていない様子だった。
隼人とノアはその姿に微笑みながら、次の行動を考え始めた。
「さて、今日もだいぶ進めるんじゃないか?もう少しで町に着くはずだし、準備を整えたら出発しようか」
隼人が言うと、ノアも頷いて立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
日が少し傾き始めた頃、隼人たちは大きな町までの道をひたすら進んでいた。
あと少しで町にたどり着けるという期待が胸に膨らんでいたが、ふとした瞬間、森の奥から不気味な物音が聞こえてきた。
「なんだ……?」隼人は立ち止まり、周囲に耳を澄ませる。
ノアも警戒を強め、リーシャは手に持った金槌を軽く握り直した。
「ゴブリンだ!」
リーシャが鋭い声で叫んだ。
彼女の目はすでに森の中から現れた小さな影を捉えている。
鋭い牙と黄色い目が光り、粗末な武器を手に持った数体のゴブリンがこちらに向かって突進してくる。
「気をつけて、ゴブリンは数で攻めてくる!」
ノアが低く警告した瞬間、ゴブリンたちはさらに加速し、三人を囲むように動き始めた。
「やるしかないか!」
隼人は覚悟を決めて右腕に少し意識を集中させた瞬間
――「戦闘用システム起動。武装を展開します」――
突然冷たい機械音が頭の中で響き、隼人の体が自動的に動き始めた。
右腕が瞬時にライフルに変形し、隼人の意志に関係なく精密にゴブリンたちを狙って動いていく。
「……まだ、勝手に動くのか……!」
隼人は戸惑いながらも体が自動で動き、ゴブリンに狙いを定めていくのを感じた。
――ドンッ!ドンッ!
ライフルから次々と発砲音が響き、ゴブリンたちは次々に倒されていった。
隼人自身は何が起こっているのか理解できないまま、ただ体が反応して敵を撃退していく様子を見守るしかなかった。
リーシャは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに戦闘に集中し直し、近づいてくるゴブリンに金槌を振り下ろした。
ゴブリンが吹き飛ばされると、リーシャは隼人の動きをチラリと見やりながら言った。
「ハヤト、あんた何やってんの? それ、いつの間にそんな風に使えるようになったのよ?」
ノアも後方で弓を構えながら驚いた顔をしていたが、すぐにゴブリンを狙い定め、矢を放った。
ゴブリンたちは次々と撃退され、残りのゴブリンは隼人の精確な射撃によって全滅した。
――「戦闘用システム解除します」――
「……終わった、のか?」
隼人はライフルが自動的に腕へと戻るのを感じながら、ゆっくりと深呼吸をした。
周囲に静寂が戻り、三人は倒れたゴブリンたちを見下ろしていた。
隼人は自分の体が勝手に動いていたことに戸惑いを隠せないまま、仲間たちの方を振り返った。
「やっぱり、何かすごい力を持ってるんだな」
リーシャが興味津々な目で隼人を見つめた。
隼人は困惑しながらも自分の体が持つ謎の力に対する不安と同時に、その力を使いこなす必要性を感じ始めていた。
隼人は少し息を整えながら、二人に向かって歩み寄った。
「うん、なんとか無事に終わったね。でも、次はもっと気をつけないと。何が襲ってくるかわからないし、気を抜けないよ」
ノアが微笑みながら答えた。
リーシャは隼人の右腕に視線を向け、軽く首をかしげた。
「あんたの戦い方、なんか独特ね。いつも冷静なのか無意識なのかよくわからないけど……まあ、見事にゴブリンを倒せたんだから、それでいいか」
隼人は一瞬ドキリとしたが、平然を装って軽く笑った。
「ああ、確かにちょっと慣れてない部分があるかもな。でも倒せたからよしってことで」
「とにかく今は先を急ごう。町まであと少しだから」とノアが言い、先を指さした。
三人は再び道を進み始めた。大きな町はもうすぐそこだ。
これまでの道のりで数々の試練を乗り越えたが、ようやく目的地が見えてきた。
隼人も、リーシャも、ノアも、それぞれの思いを胸に抱きながら足を進めていく。
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