第7話 歩みを進める旅路と、謎の武装の訓練

 朝日が森の隙間から差し込む頃、隼人たちは村を後にして歩き出した。

 馬車も出ておらず、街道を進むには徒歩での移動が必要だった。

 隼人はしばらく静かに歩きながら何気なく自分の右腕を見つめていた。

 あの時、勝手に変形してしまった「何か」。

 自分の体なのにその制御がまだつかめていないことに対して、もどかしさを感じていた。


「さあ、これからどれくらいかかるんだろうね?」


 隼人はノアに軽く問いかけた。


「この道を行けば、一週間はかからないけど、それでも大変だよ。途中で休む場所を見つけながら行かないとね」


 その時、リーシャが隼人の横に歩み寄り、興味深そうに彼の右腕を少し鋭い視線を送ってきた。


「ハヤト、その右腕……あれ、まだうまく扱えてないんじゃない?」

「……まあ、そうだな。あの時も、勝手に動いてくれたようなもんで、自分で制御してたわけじゃない」


 リーシャはしばらく考え込み、やがてニヤリと笑みを浮かべた。


「ならさ、この旅の間に訓練してみたらどうだ?長い道中だし、歩いてる間にその右腕をもう少し使いこなせるようになるかもしれないよ」

「訓練ね……確かに、それは一理あるかもな」


 隼人は納得した様子で頷く。


「でもどうやって?そもそも、あの腕がどうやって変形したのかもわかってないんだ」


 リーシャは自信満々の表情で言った。


 「あんた、あの時だって無意識に動かしてただろ?それなら、何かに集中した時に反応するんじゃないか?例えば、何かを狙って撃つイメージを思い描いてみるとかさ」


 隼人は少し考えた後、リーシャの提案に興味を持ち軽く笑みを浮かべた。


 「なるほど、やってみる価値はあるな」


 彼は立ち止まり、右腕を前に差し出してみた。

 そして頭の中で「腕を武器に変える」イメージを強く描き、目の前に見えない敵がいると思い込んで、攻撃を繰り出す瞬間を想像した。


 次の瞬間、彼の右腕がかすかに振動し始め、徐々に以前と同じように変形し始めた。

 硬い金属音が響き、隼人の腕は再び武器の形状へと変化した。


「おお!やったじゃないか!」


 リーシャが驚きの声を上げ、隼人も驚きながら腕を見つめていた。


「……思い描くだけで、変わるものなんだな。少し感覚は掴めた気がする」

「ほら見ろ、やっぱり感覚が大事なんだよ。これからの旅で、使う機会があるかもしれないから、少しずつ慣れていけばいいさ」


 リーシャは隼人の背中を軽く叩いた。

 隼人は息を整えながら腕を元の形に戻す。


 「ありがとな、リーシャ。おかげでなんとか使いこなせそうな気がしてきた」


 彼らは再び歩き出し、静かな街道を進み続けた。

 彼らの冒険はまだ始まったばかりだが、隼人にとっては旅の途中で自分の「体」をどう使いこなしていくかを学ぶ大切な時間が始まった。

 遠くに広がる大地を見つめながら、隼人はこれから先に待ち受ける未知の戦いに備えて、少しずつ自分の武器を磨いていく決意を固める。


 隼人たちは森を抜け、広がる草原の中を歩いていた。

 朝早く出発してから数時間が経過し、日は高く上っていたが、涼しい風が吹き抜けていたおかげで歩くのはそれほど苦ではなかった。


 リーシャは隼人の左腕に装着された補助装置をちらちらと見ながら歩いていた。

 鍛冶屋でゴルドからもらった補助装置は隼人にとってはまだ未知の部分が多かった。

 装置の表面には青白く光る目盛りが表示されていたが、これが何を示しているのか、隼人もまだよくわかっていなかった。


「ねえ、ハヤト。その補助装置、どうなってるの?使い方とか、ちゃんと把握してる?」


 リーシャが興味津々に問いかけるも、隼人は装置を見ながら肩をすくめた。


「正直、よくわかってないんだ。ただ、ゴルドさんが『防御面で役に立つ』とは言ってたけど、具体的にどう機能するのかはまだ試してない」

「じゃあ、試してみようよ!」


 リーシャがニンマリ笑いながら、隼人に近づきつつ言った。


「試すって……どうやって?」


 隼人が疑問を口にした瞬間、リーシャは自分の背負っていた大きなハンマーを手に取り、振りかぶった。


「えっ、ちょ、待て!?」


 隼人が慌てて声を上げるが、リーシャはにやりと笑みを浮かべ、そのままハンマーを隼人の肩に向けて振り下ろした。


 ――ガッ!


 瞬間、隼人の補助装置が反応し、青白く光るバリアのようなものが展開される。

 ハンマーの一撃はそのバリアに阻まれ、隼人の体には全く衝撃が伝わらなかった。

 目を見開いた隼人は自分の腕を見下ろし、バリアが徐々に消えていくのを感じ取った。


「な……なんだ、今の?」


 隼人は驚きつつも、胸をなでおろした。

 リーシャはハンマーを肩に担ぎ、興味津々な目で補助装置をじっと見つめた。


 「ほら、自動で発動したじゃない!すごいわね、こんな装置、あんまり見たことないわ。さすがおやじ!……この技術、私ももっと知りたい!」


 隼人は補助装置を眺めながらふと装置の青白く光る目盛りに気づいた。

 それまで満タンだった目盛りが、1つだけ減っている。


「この目盛り……さっきまで満タンだったのに、減ってるな。どういう仕組みなんだろう?」


 隼人は腕に装着された装置をじっくりと観察していた時、リーシャが不意に隼人の腕を指差した。


 「ねえ、ハヤト。その針……見て!」


 隼人が見ると、青白く光る目盛りの隣にアナログの針時計があり、その針がゆっくりと動き出している。

 まるで目盛りが減ったことに反応するかのように時計が時間を刻み始めたのだ。


「なんだこれ……?」


 隼人は混乱したようにその針時計を見つめた。

 ノアが心配そうに近づいてきて、疑問を投げかけた。


 「目盛りが減ってから時計が動き始めたけど……これってどうなるんだろう?」


 隼人もその謎めいた時計の動きに注意を向けたが、何が起こるのかはまだわからなかった。

 ただ一つ言えるのは、この時計が何か重要な役割を果たすということだ。


「とりあえず、時計が一周したら何が起こるか見てみよう」


 隼人はそう言いながらも、不安な表情を浮かべていた。


・・・・・・

・・・


 日が傾き、空が赤く染まり始めた頃、隼人たちは街道沿いに広がる荒れ果てた村の跡地にたどり着いた。

 かつて賑わっていたであろうその場所には、崩れた家々や朽ちた柵が残るのみ。

 風が吹き抜けるたび、木々や草がささやき、どこか物寂しい雰囲気が漂っていた。


「ここで今夜は野宿するか」


 隼人は周囲を見渡し、ふと立ち止まりながら言った。


「そうだね。この場所なら雨風はしのげそうだし、夜になっても危険な動物が近寄りにくいかも」


 ノアは少し心配そうに周囲を見回し、静かに頷いた。

 三人は適当な空き地を見つけ、荷物を下ろすことにした。

 リーシャは焚き火の準備を始め、ノアもそれに手を貸していた。


 隼人は二人を手伝おうとしたが、自分がまったく疲れていないことに気づく。

 彼の体は驚くほど軽やかで、他の二人が疲れた表情を見せているのに対し、彼はまるで散歩から戻ったかのような感覚だった。


「俺、全然疲れてないんだ……この体のせいかな」


 隼人は少し不思議そうに自分の腕を見つめる。

 それでも、少しでも役に立とうと思い、枝を集めに行くことにした。


「ハヤト、無理してない?」


 ノアが心配そうに声をかけた。

 隼人の様子が気になったのだろう。

 彼の体が普通の人間とは違うことを彼女は感じ取っていた。


「無理? いや、大丈夫だよ。全然疲れてないからさ。俺が枝をもっと集めてくるよ」


 隼人は笑顔を見せ、軽やかに周囲の枝を集めていく。

 自分の体がどれだけ軽快に動くのかを改めて実感しながらも、その違和感を特に深く考えようとはしなかった。


「でも、あんまり無理しないでね」


 ノアは心配そうな表情を崩さずに、隼人を見つめた。

 彼女の優しさが言葉の端々に滲んでいた。


「ありがとう、ノア。でも本当に平気だよ」


 隼人は笑って応え、軽々と集めた枝をノアに手渡した。

 ノアはほっとしたように笑顔を返し、焚き火を組み上げる。


 しばらくして、焚き火が温かな光を放ち始めた。

 三人はその周りに座り、夕食の準備を始める。

 火がパチパチと弾ける音が静寂の中に心地よく響いていた。


「さて、今夜は見張りをどうする? 交代でやっていこうと思うんだけど」


 ノアが提案し、隼人もリーシャも頷いた。


「じゃあ、最初は俺がやるよ。全然疲れてないし、自分の体も少し試してみたいしさ」


 隼人が軽く手を挙げると、ノアが微笑んで言った。


「それならお願い。次は私が交代するね」


 リーシャは大きなあくびをしながら、「じゃあ、私は最後の番ね……」と少し怠そうに言い、さっそく寝袋に包まった。


「じゃあ、俺が見張ってるから、安心して休んでくれ」


 隼人は二人を見守りながら、夜の静寂の中で見張りを始めた。

 焚き火の明かりがちらちらと揺れ、彼は自分の体が持つ能力をもう少し深く理解したいと思い始めていた。

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