第3話 ノアの家と静かな夜
森の中を進む隼人とノア。
夕闇がすでに深まり、空にはわずかに星が輝き始めていた。
木々の間から漏れる月の光だけが二人の足元をかすかに照らしている。
「……あの、さっき助けてくれて本当にありがとう。でも、あなたは誰……?」
ノアが少し不安そうな声で問いかけた。隼人は軽く頷きながら、柔らかな笑みを浮かべた。
「ああ、俺はハヤト。いろいろあって、ここに来たばかりなんだ」
隼人は自分の名前を「ハヤト」とだけ伝え、苗字は言わないことにした。
別の世界の話をしても彼女には通じないだろうと判断したためだ。
「ハヤト……本当に助けてくれてありがとう」
ノアは少し安心したように微笑んだが、まだどこか隼人に対して不思議な感覚を抱いているようだった。
彼は村の人々とは違う、何か異質なものを感じさせる存在だが、それでも彼女に対して親切に接してくれていることは明白だった。
隼人はノアに微笑み返しながら、森の暗さを感じている。
夜が近づくにつれ森の中は一層暗くなり、二人の足元を照らすのは月明かりだけだった。
「ハヤト……夜もだいぶ遅くなってきたし、このまま森を歩くのは危ないと思う。私の家はすぐ近くにあるから、一晩泊まっていかない?村までもう少し歩くけど、今から行くのはちょっと厳しいかも……」
ノアは少し遠慮がちに言ったが、彼女の声には隼人を心配する気持ちが込められている。
夜の森がどれほど危険かは彼女にとって明らかだったし、隼人もその言葉に納得した。
「そうだな、君の言う通りだ。泊まらせてもらうよ。夜の森を歩くのはさすがに厄介そうだからな」
隼人は軽く肩をすくめて笑い、ノアに従うことにした。
助けてもらった上に世話になることに少し引け目を感じたが、彼女の提案を素直に受け入れる方が安全だろうと考えた。
「ありがとう。じゃあ、家に案内するね」
ノアはほっとしたように微笑み、隼人を導きながら歩き出した。
二人は少しずつノアの家へ向かい、森を抜けていく。
やがて木々の向こうにかすかな光が見え始めた。
隼人とノアは森を抜け、ついにノアの家へとたどり着いた。
家は小さな木造の建物で、周囲は静まり返っている。
夜の闇に包まれていたが、ノアが鍵を取り出し扉を開ける。
「ここが私の家だよ。あまり大きくはないけど……」
ノアが申し訳なさそうに言うと、隼人はにこやかに首を横に振った。
「いや、ありがとう。君の家に泊まらせてもらえるだけで十分だよ」
隼人は笑顔で答え、ノアの家に感謝の意を示した。
二人は家の中に入るとノアが手際よくランタンを灯し、部屋全体がやわらかな光に包まれた。
室内はシンプルで清潔感があり、暖炉の跡が残っていたが、今は火はついていない。
小さなテーブルと椅子、そして棚にいくつかの生活用品が整然と置かれている。隼人はふと、家の中に誰もいないことに気づいた。
「……君、一人で住んでいるのか?」
隼人は少し驚いたように尋ねた。ノアはうつむき、少し寂しそうに頷いた。
「うん、今は一人で暮らしてる。お母さんは、赤ちゃんを産むために実家に帰省してて……しばらく帰ってこないんだ。たぶん、向こうでしばらく過ごすことになると思う」
「そうだったのか……それでお父さんは?」
隼人がさらに問いかけると、ノアは一瞬ためらい、静かに答えた。
「……お父さんは、少し前から行方不明なんだ。旅に出たきり、帰ってこなくて……」
その言葉には深い悲しみが感じられた。
ノアは必死に強がろうとしているのが隼人にも伝わった。
家族と離れて一人で暮らしている彼女の孤独さが、痛いほど胸に響いてきた。
「そうか……君、強いんだな。一人でここまで頑張ってきたんだ」
隼人は優しい声でそう言いながら、ノアを気遣うように見つめた。
ノアは少し照れたように笑い、隼人に感謝の気持ちを込めた視線を送った。
「ありがとう。でも、今はもう慣れてるから……一人でもなんとかやってるよ」
隼人は彼女の言葉に軽く頷き、席についた。
ノアは暖炉に火をつけ、隼人にも座るよう促した。
「とりあえず、今日はここで休んでいってね。ベッドは3つあるから、私は自分のベッドで寝るから、ハヤトはお父さんのベッドを使って」
「それなら、遠慮なく借りるよ」
隼人はノアが指さした父親のベッドに向かい、横になる。
ノアはランタンを片付け静かに座り込んだ。
静かな時間が流れ、隼人も次第に疲れが押し寄せてきた。
「今日は色々あったけど……ありがとう、ハヤト。おやすみなさい」
ノアはそう言って横たわり、静かに目を閉じた。
隼人もベッドに横たわり、今日一日の出来事を思い返しながら少しずつ意識が遠のいていった。
夜の静寂が家全体を包み込んでいる。
隼人は先ほどの出来事を頭の中で反芻していた。
異世界に転生し、謎の機械の体を得た自分。
腕がライフルに変形し、オオカミを撃退したことはいまだに現実感がない。
「……本当に俺は転生したんだよな」
小さく呟いて天井を見つめる。
暖かな布団に包まれているが、内心はまだ落ち着いていなかった。
異世界に来たことが現実だとは思えず、体も自分のものかどうかすら怪しい。
しかし、そんな不安を感じる一方で無意識のうちにこの世界でやっていくしかないと心のどこかで腹を括っていた。
「ま、考えすぎてもしょうがないか……」
隼人は小さくため息をつき、少しだけ目を閉じる。
この世界で何が待っているのか、明日からどんなことが起きるのかはわからない。
それでも、今日一日をなんとか生き延びたことに感謝しながら意識を静かに手放していった。
一方、ノアも自分のベッドで目を閉じていた。
家の中はひっそりとしており、隼人とノアの二人だけがこの静けさの中にいる。
彼女も今日の出来事を思い返していた。
オオカミに襲われた恐怖、そして自分を助けてくれた隼人。
彼が突然現れたこと、腕が武器に変わったことは未だに彼女の中で理解できていなかった。
「……ハヤト、あなたは何者なんだろう」
彼女は心の中で呟いたが、答えが返ってくることはなかった。
けれど、彼が危険な存在ではないことは何となくわかっていた。
ノアは彼に対する不安や警戒心を少しずつ和らげていく。
明日にはきっと、もっと色々な話ができるだろう。
彼の過去や、なぜ自分を助けてくれたのか――それらの謎が少しでも解けることを期待して彼女もゆっくりと眠りに落ちていった。
夜は深まり家の外には静かな風が吹いている。
異世界の夜は、隼人にとってまだ未知の世界だったが、今はその静けさに身を任せるしかなかった。
こうして静かな夜が過ぎていく。
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