第2話 迫り来る牙、解き放たれた力
――薄暗い森の中、木々がざわめく音と風が吹き抜ける感覚が隼人の体に伝わってきた。
「……ここはどこだ?」
ゆっくりと目を開けると、隼人の視界には広がる木々の天井と冷たい土の感触があった。
森の中に放り出されていたことに気づいたものの、恐怖や焦りは感じなかった。
むしろ何が起こったのか知りたいという好奇心が湧いてきた。
「転生……ってことは、ここが新しい世界ってわけか」
体を起こし、周囲を見渡しながら隼人は肩を軽く回した。
驚いたことに体はいつも通り動かすことができた。
特に異変や違和感は感じない。
「なんだ、俺、見た目は変わってないな。転生ってもっと派手な変化があるもんかと思ってたんだけど……違和感とかもないか」
立ち上がり、軽く体をほぐすように腕や足を動かしてみる。
何も問題はなさそうだが、どこか現実感がない。
それでも隼人はあまり深刻に考えず、さっそく周囲の状況を確かめようと歩き出した。
「機動兵器の姿が見当たらないけど……。けっこう広そうだしここから探せと……ん?あれは……」
森の奥の方からかすかに声が聞こえた。隼人は耳を澄ませて、その声の方向に意識を向ける。
「誰かが叫んでる?……ちょっと、まずいんじゃないか?」
隼人はその声の方へ向かって走り出した。
足元に転がる木の枝や石をよけながら全力で駆け抜ける。
まさか最初の出来事がこうも早く訪れるとは思わなかったが、助けるべき相手がいるならとりあえず動こうと決めた。
「よし、行くぞ!」
息を整える間もなく彼は声のする方向へ突進していった。
そして目の前に広がる光景に驚きが走った。
赤髪の少女が地面に倒れ込んでいる。
少女を囲むように数匹のオオカミが低く唸りながら迫っていた。
少女の目には恐怖が浮かび、今にも襲われそうな危機的状況だった。
「くそ、間に合え!」
隼人は咄嗟に行動に移ろうとしたが、その瞬間体が勝手に動き出した。
「……え?勝手に……?」
その感覚は不思議なものだった。
体が無意識のうちに動き、右腕が瞬く間にライフルのような形へと変形していった。
隼人の頭の中で冷たく無機質な声が響く。
――「戦闘用システム起動。武装を展開します」――
隼人は驚きながらも今何が起こっているのかを理解する暇もなかった。
ただ体が動き続けオオカミに向かってライフルが構えられた。
――「攻撃を開始します」――
ターゲットを自動的に狙う。
狙うは少女に最も近づいていた一匹のオオカミのようだ。
隼人の思考とは裏腹に彼の体は的確に動き、銃口がオオカミへと向けられた。
オオカミにロックオンしたと同時に、ライフルが発砲する。
――ドンッ!
重く響く発砲音が森全体に反響し、瞬く間にオオカミは地面に崩れ落ちた。
隼人はまだ何が起こったのか理解できないまま、自分の体が無機質に行動しているのを見守るしかなかった。
残りのオオカミたちは隼人を恐れ、怯えながら後退していく。
システムの判断に従い、隼人の体はそれらを見送りながら戦闘行動を停止した。
――「戦闘用システム解除します」――
再び冷たく無機質な声が頭の中に響き渡ると、隼人の体に一気に感覚が戻ってきた。
重力を感じ、足元が不安定になりかける。
右腕がじわりと熱を放ち、機械的な構造のライフルの形状は瞬く間に解体され、金属の擦れる音が静かに響き、数秒後には完全に元の手となった。
まるで自分の体を誰かに操られていたかのような感覚が一瞬で消え去り、自分の意思で再び動かせるようになった。
その瞬間、森に静寂が戻った。
先ほどまで聞こえていたオオカミの唸り声や、戦闘の喧騒が嘘のように消え、周囲にはただ風の音だけが残る。
隼人はその静寂の中でようやく自分の腕を見つめ直し、深い息をついた。
「……俺が……?……俺が本当に機動兵器になったのかよ!!」
隼人は叫ぶも立ち尽くし、今の出来事がまるで夢のように感じられた。
遠くから駆けつけたばかりで息も荒い。
しかし、目の前で自分の体が起こした一連の行動に彼は呆然とするばかりだったが、赤髪の少女がまだ地面に座り込んだまま隼人を恐る恐る見つめているのに気が付いた。
少女の全身は震え、涙が頬を伝っていた。
隼人が助けたということはわかっているはずだが、その直前に見た隼人の異常な行動――右腕がライフルから元に戻るという光景は少女にとってあまりにも衝撃的だったのだろう。
そんな少女に更なる恐怖を与えないよう、心を静めながら
「大丈夫か?怪我はない?」
隼人は優しく声をかけながらそっと少女に近づいた。
しかし、少女はまだ恐怖心を隠しきれず、わずかに後ずさりした為、できるだけ落ち着いたトーンで話しかける。
「さっきのことは、心配しなくていい。ただ君を助けたかっただけなんだ」
隼人は少女に安心してもらおうと努めたが、少女はしばらく言葉を発することができなかった。
隼人の腕が元に戻っていることを確認しても、彼の正体に対する不安が完全に消えたわけではなかったのだ。
「……あなた、誰?」
ようやく震える声で少女が問いかけた。
その瞳には未だに隼人への疑念と警戒が残っていた。
少女にとって隼人はただの人間ではなく、何か得体の知れない存在として映っているのだろう。
「俺は隼人。鳴海隼人……ここら辺の住人じゃないんだ。偶然この森にいたんだけど君が襲われているのを見て、助けようと思ったんだ」
隼人はできるだけ冷静に、優しい声で話しながら少女に安心感を与えようとした。
少女は一瞬考え込んだが、徐々に隼人の言葉が届いたのか警戒心が少しずつ和らいでいくのが見て取れた。
「本当に……助けてくれたの?」
少女は小さく囁いた。
その声にはまだ不安が混じっていたが、隼人の言葉が真実だと感じ始めたようだ。
「そうだよ。あのオオカミたちが君を襲っているのを見てどうしても放っておけなくて……。大丈夫、もう怖い思いをしなくていい」
隼人は再び優しい笑顔を浮かべ、できるだけ少女に安心してもらおうと努めた。
すると少女は小さく頷き、ようやくその場から立ち上がろうとした。
「……私の名前はノア。助けてくれて、本当にありがとう」
赤髪の少女――ノアは、感謝の気持ちを込めて一礼した。
少女の声はまだ震えていたが、恐怖が少しずつ薄れていくのがわかった。
「ノアか……無事でよかったよ」
隼人は安堵の表情を浮かべながら、ノアに手を差し伸べた。
少女は一瞬ためらったが、やがてその手を取って立ち上がった。
「さぁ、ここは危険なようだから、早く安全な場所に移動しよう。君はこの辺りのことがわかるか?」
隼人がそう尋ねると、ノアはゆっくりと頷いた。
「村が……森の外れにあるんだ。そこなら……安全だと思う」
「よし、それじゃあそこへ向かおう」
隼人はノアと共に森の中を歩き始めた。
夕方の光はすでに薄れ始め、森の中は徐々に暗闇が支配しつつあったが、二人はその中を慎重に進んでいった。
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