第10話

『一人にさせて。』



「え…?」



『先、帰っていいから。』




そう言った途端、リナの瞳が悲しげに揺れた。


当たり前、か。



俺がリナの温もりに依存しているように、リナもまた、俺の存在に依存してるから。




ただ、今だけはリナに構う余裕すら残されてはいなかった。




その瞳に気づかないフリをすれば、リナは一時言葉を失ったあと、不安げな表情をヘラッとした笑みの中に隠した。





「ん、分かった。」




口元は笑ってても、下がった眉は痛々しい。


無理してるのはバレバレで、そんな顔を俺がさせてるんだって思ったら、胸の辺りが針で刺されたようにチクリと痛んだ。





「…先、帰るけど、ちゃんとご飯食べて、寝てね?」



『リナも。』



「ん、平気だよ。」




ひとりでも。


そう付け加え、聞き分けの良いフリをしたリナを目線だけで一瞥した。



リナは腰を上げ、「寝てね?」念を押すように口にすると、俺に向けていた爪先を部屋の外へと向ける。




ふすまを開けた途端、畳の上を光の筋が走った。





『…、』




廊下から漏れる明かりが、逆光となってリナの表情を隠す。


平気、なんて嘘。



強がりだってことは手に取るように分かるのに、なのに、どうしてもふすまに隠れゆく背中に声をかけることが出来ない。




だんだんと細くなる光の筋のように、ふすまの裏側に消えていくリナをただ見送るだけ。





『…行く、なよ…』




突き放したのは俺なのに。


ピシャン…と、ふすまの閉まる音が聞こえた瞬間。



やっとの思いで手を伸ばしたときにはもう、深緑溢れる部屋はすでに真っ暗な闇で包まれていた。




心にぽっかりと空いた穴は確実に成長をとげ、空虚感だけがまた深く根づいた気がする。





『…、』




言葉にならない。


ひとりになった途端、急激に寒さを感じるカラダ。



助けて。と、俺は何度呟けば気がすむのだろうか。

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