第17話
「懐かしいなぁ」
記憶を辿ると潮の匂いがした。さっきまで揺れることすらなかったカフェカーテンが夜風を孕み、窓辺にぶら下げた風鈴がチリン…と暗闇に囁く。ぷっくりと丸みを帯びたガラスに金魚が描かれた風鈴は圭吾が買ってくれたものだ。
度重なる熱帯夜。定期的に訪れる熱を奪い合うような行為。夏バテにやられ、グッタリとするあたしに圭吾は『少しでも風情を楽しめればと思って』手にした風鈴を揺らし、得意気に笑った。
その夜、あたしは強すぎる快感と苦痛の狭間で懸命に声を押し殺すはめとなる。
開けた窓辺、熱帯夜に吊るした風鈴は一度も鳴らなかった。
夏海は引き結んだ口元をフッと弛め、
「そうだな」
記憶を懐かしむように天井を仰いだ。
そこにあるのは暗闇に呑まれた白い壁紙。当然だが天の川は流れていない。
「去年は自転車漕いで行ったよね」
「漕いだの俺だけどな」
「また見たいなぁ、海。無数の星が水面に反射してすごく綺麗だったぁ…」
「行きてぇの?」
「うん?」
「海」
静寂の中で目が合う。
ちょうどカーテンの隙間から差した月が夏海を照らすと、薄っすらとした暗がりには端正な顔立ちがはっきりと浮かび上がった。
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