第二話 プロローグ②
僕には双子の妹がいる。
この妹は活発でやんちゃで兎に角動き回るのが大好きで、いつも外で遊ぼうよとせがまれる。
この妹が我が子のように可愛い。
だが初めからそうであったのではない。僕は夢をみてから変わった。
元々は普通に仲の良い兄妹だった。だけど男友達と遊ぶときに足手まといになったりすると僕は見捨てた。妹は活発でも決して運動神経が良いわけではなかったから。その後妹は不貞腐れたり時には泣いていたが少し謝るだけで許してくれたので僕はあまり気にも留めていなかった。
それでも兄として慕ってくれる妹は可愛かったが、僕はそのありがたみが分かっていなかった。
いつもお兄ちゃんとついてくる妹が時には煩わしく、隠れて撒いたりと意地悪をしていたこともある。
そんな時は妹が泣いても、めんどくさいくらいにしか思っていなかった。
僕は十歳で小学五年生だ。
客観的に見れるようになった今となっては、子供なんてそんなもんだとは思うが、愛に目覚めた僕は自分が許せなかった。
かといって楓音にいきなり謝るのも違う気がする。今の僕は妹を心から愛したいと思っているが、どうすればいいのかがわからない。愛情はある。気持ちもある。だけど愛って心で思うだけの事なのか? 僕には知識が足りない。
僕は小五にして知識欲に目覚めた。
僕の愛情を形に出来る方法が何かあるに違いないと、図書館で本を借りるようになった。
「お兄ちゃん、本読んでて楽しいの?」
楓音が僕に不思議そうに聞いてくる。聞けば兄なら答えてくれると純粋に思ってくれているのだろう。僕が笑いかけると妹も笑う。
こんないい子を僕は今までぞんざいに扱ってきた。それが悔やまれる。
「楓音。僕が本を読むのは自分の行いを悔いているからだよ。これからは楓音が頼れるような兄になるからね」
「そうなんだ。じゃあ、楓音と遊んでくれる?」
「ああ、本よりも楓音の方が大事だ」
僕はどんなに本にのめり込んでも楓音に誘われたら応えるようにしている。以前の僕なら邪魔するなの一点張りだっただろう。今の僕にとって大切なのは、己の向上心を満たすことよりも、人を愛することを学ぶことだ。僕は子供心ながらに思う。行動があってこその愛だと。
いろいろな本を読んでいると(育児や教育関係の本ばかりだが)至る所に聖書の言葉が出てくる。そのほとんどが否定的な意味で使われるが、ある時こういう言葉が目に留まった。
『自分がしてもらいたいことは何でも、あなた方も人にしなさい』
これに対する反論は、本当に大切なのは相手がして欲しいと思ったことをすることだ。聖書はそこが足りないという論調だった。
なるほどと思う一方で、聖書を読んだことが無いので前後の文脈がわからないが、僕は思った。
もしかしてこの言葉にはもの凄く広い幅があるんではなかろうかと。
良心が少ない人であれば、何が相手にとっていい事など思い浮かばないので、自分がいいと思ったことをすればそれは善行であると。
逆に愛に溢れる人であれば、さっき批判していた人が言うように相手の立場に立って考えて、相手が必要とするものを提供することが出来るんじゃないかと。
正直僕は今まで前者側で、人の気持ちを思いやることはあまりなかった。でもこれからは変わりたい。
更に本を読んでいるとよく出くわす言葉に、『言葉は言霊』というのもある。これに関してはそうなんだくらいに思っていたが、ある時に点と点が繋がった。
楓音に対する愛を示す方法は、言葉かけなのではなかろうかと。
つまり楓音が欲しがっている言葉を常にかけ続けるというものだ。
これであったらコストもかからないし『言葉は言霊』でその思いや力が伝わるのではないか。
たったこれだけの結論に至るまでに本を四十冊は読んだが、これからは実践あるのみだ。僕が夢を見てから一年経ったときのことだった。
ある時、楓音は算数のテストの結果が芳しくなかった。以前の僕であれば僕の方が点数がいいのでそれを鼻にかけていたが、今は違う。目覚めた僕がすることは楓音が望んでいる言葉を掛けることだ。
楓音は勉強が嫌いなわけではない。ただ遊ぶ方が好きなだけだ。本人もいい点数を取りたいと思っているだろう。なら僕がかけるべき言葉はこうだ。
「楓音ならもっといい点を取ることは可能だよ。聞きたい?」
僕に意地悪を言われるかもしれないと身構えていた楓音だが、少し興味を持ったのか「んー、聞いてみたい」と答えてくれた。
「楓音は勉強が嫌いではないよね?」
「うん」
「それだけで勝ったようなもんだよ。楓音にはやる気と向上心がある。後は僕が教えてあげるだけで、少なくとも僕と同じ点は取れるようになるよ」
「ほんとに? お兄ちゃんって百点じゃん」
そう、僕は夢で大人を経験してから小学生程度の勉強は出来て当たり前くらいに考えるようになっていた。結果、成績は軒並み高得点をはじき出すようになった。中学以降はもっと努力が必要になるだろうが、普通の公立の小学校であれば、真面目に教科書を読めば楽勝だということに気が付いた。
育児や教育の本を読むときは、著者の考え方や持っていきたい結論などを考察し、それが真に愛と直結するのかと考え続けなければならないが、教科書は分かり易く問題と答えがあるだけなので、暗記すればもう十分。
あまりの難易度の違いに驚いたものだ。
小学生の勉強ってホント小学生なんだなと思うくらいには達観していた。
「楓音。別に満点じゃなくてもいいでしょ? 楓音が分からなくて困っているところだけクリアすればいいんだよ。聞く耳があって素直な楓音ならすぐにでも点数が取れるようになるよ」
「お兄ちゃんが教えてくれるの?」
「もちろん。楓音と一緒に勉強するのは楽しいからね」
「じゃあ、教えてもらう」
「かしこまりました。僕の可愛いお嬢様」
少しづつだが楓音は僕に本当の意味で懐いてくれるようになってきた。以前はお兄ちゃんと遊びたいからと、僕の機嫌を伺っている節があった。最近では、僕が何を言っても怒らないし機嫌が悪くなることはないと気付いたようで、遠慮がなくなってきてて嬉しい。
その最たるものが次の要望だった。
『お兄ちゃんと私ってそっくりだから、お姉ちゃんになれると思うんだよね』
『え? 普通に嫌だけど』
即刻断った。
まさかの女装の要請。
流石にこれはない。
いくら愛する楓音の願いとはいえ限度がある。
すると楓音が拗ねた、それも盛大に。『お兄ちゃん、愛してるって言ってくれたのに、愛ってそんなもんなんだ』と。
僕は最近調子に乗って事あるごとに『楓音愛してるよ』と言っている。
これも『言葉は言霊』の影響で、言い続ければ本気が真実になると願っての事。実際は言い慣れてない言葉だったから、恥ずかしかっただけで慣れればアッサリ言えるようになったんだけど、その重みは理解している。
だからこそ僕は悩んだが、無理なものは無理だ。再度秒で断ると三日間、口をきいてくれなかった。
『
祖父母が心配して僕に聞いてくる。僕は答えようがなく、わからないとしか言えない。
僕が話しかけても『ふん。お兄ちゃんなんて知らない』とそっぽを向かれ、おじいちゃんが話しかけても『お兄ちゃんは楓音を愛してないんだ』としか返事が返ってこない。
僕は心底思う。愛と女装って関係あるのか? と。なんら因果関係を見いだせない。唯一考えれることは、お願いを聞いて欲しいくらいか。
我儘を聞くことが愛と問われれば僕はノーと答える。しかし、このまま愛する妹との仲がこじれてしまったら目も当てれない。
僕は思い切って聞いてみた。
『どうして女装して欲しいの?』
『え? お姉ちゃんが欲しかっただけだよ?』
身も蓋もない回答。だがやっと話ができた。僕は嬉しくなり笑顔になる。
『お兄ちゃんじゃダメ』
『だって楓音にはお母さんがいないんだもん』
僕らが三歳の頃に両親は亡くなったそうだ。事故死らしい。
それからは僕達を祖父母が育ててくれた。祖父母は母の両親だ。だから、娘の親として、あくまで祖父母として育ててくれた。
僕が夢を見て、変わりたいと願ってから早一年。
最近では楓音は僕をお父さんみたいと言ってくれる時がある。
だからってまさか母親も求められるとは寝耳に水過ぎる。いや無理だろ? と理性は限りなく否定路線だが、心の声が楓音の願いを叶えてあげたら? と誘惑(?)してくる。
『女装しても女性にはなれないよ?』
『いいの。気分の問題だから』
『目も当てれないくらい、悲惨かもよ?』
『それでもいいの』
ここまで我を通そうとする楓音は初めてだ。
僕は折れた。
そして楓音の服を着て鏡を見ると『これが私?』とはならなかった。普通に僕が女の子の服を着ているだけだ。
だが、残念なことに楓音は泣くほど喜んだ。
『これで姉妹でお出かけができる! 一緒にお互いの服を選んだりできるし、仲良くしてても揶揄われたりしない!』
そういうことか。
ここ一年はずっと楓音と一緒にいる。
僕達が仲良く遊んでいると、他の男の子達が楓音にちょっかいを掛けてくる。
『兄貴にべったりでキモッ。ブラコン、ブラコン引っ付き虫。いらない虫は、つまんで捨てろー』
たったそれだけだが、楓音にとっては苦痛だったんだ。僕は楓音の気持ちがわかってやれなかった。お父さん失格だな。
それ以来、女装に対する抵抗はあったものの、毎週のように楓音の服を着させられて僕は悟った。
兄としている時より、姉として接してる方が楓音が懐いて可愛いのだ。
外食すると必ず「アーン」と口を開けるので僕はせっせと餌付けする。
ニコニコ楽しそうに食べる楓音が愛おし過ぎる。
それからは度重なるなる女装経験を経て、一年で僕はなんら抵抗もなく姉を熟すまでに成長(?)していた。
着る服は全部楓音のものだし背丈も似たり寄ったりで問題が無い。
いや、問題しかないと言いたいが楓音の喜ぶ顔を見ると断れない。
高校に入るまでは女装をして欲しいと頼まれた。
こ、高校までだと……!?
流石のハードルの高さに開いた口が塞がらないが、いつか諦めてくれるだろうと楽観視して渋々承諾し、僕らは中一になった。
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