第三話   楓音

 中一の誕生日の事。

 いつものように僕の横で眠る楓音を眺めていた。

 目を覚ました楓音は僕を見て「おはよう」とほほ笑む。

 僕も嬉しくなって微笑み返し、楓音に話しかける。


楓音かのん、誕生日おめでとう」


 僕はこっそり用意していたプレゼントを渡す。


「お兄ちゃんもおめでとう! 私も渡すね」


 僕らの誕生日は同じ日。

 二年前から誕生日はお互いの欲しいものを言い合って準備するようにしている。サプライズとかは全くないが、誕生日にだけ食べれる美味しいものを用意することが決まりとなった。

 楓音は机の引き出しからプレゼントを取り出す。


「今年はゴディバチョコだよ! 奮発したんだからね。一緒に食べよ」


 お菓子の交換日みたいになっているが、その方が気軽でいい。


「お兄ちゃんの小さくない?」


 楓音がくれたロゴ入り手さげからしたら、僕のはとても小さい。

 毎年交換するお菓子はどの道分け合う。お互いのものを分けあって感想を言い合うのが楽しいのだが、今年の僕のは趣が違う。


「え?」


 縦長のケースから出てきたのはネックレス。


「嘘!? なんで。お菓子じゃない!」


楓音は「ええーー!」と言いながらベッドで立ち上がり、ネックレスを高く掲げる。「しかも高そう!」と少し興奮気味だ。


「サプライズ? なんでどうして? ええーー! 私どうすればいいの!?」


 喜びながら戸惑う姿を見せる器用な楓音だが、ネックレスを見つめる眼差しは輝いている気がした。


「よかった。気に入ってくれた?」

「うん! だけど聞いてない!」


 どうして言ってくれないのと非難の混じった目を向けられるが、僕は笑いかける。

 ここで『言ってないからね』と返してもいいが、僕は本心を伝えるチャンスを逃さない。


「楓音。僕は楓音が僕の傍にいつもいてくれることが嬉しいんだよ。今年はどうしても楓音に残るものをあげたかったんだ」


 気障ったらしいと自分でも思う。しかし宝石店の人にアドバイスを求めたら、こういう高価な贈り物をするときは真摯に本音を話すと喜ばれますよと言ってくれた。信頼関係が無いと空振るから気を付けてねとも付け加えられたが。


「綺麗な青い石」

「瑠璃色だね。ラピスラズリって言うんだよ」


 ラピスラズリを選んだのは石言葉が良かったのもあるが、他より求めやすい価格だったのもある。少し大きめの石であってもなんとか買える値段だった。


「それを見て思い出して欲しい。僕いつも楓音に味方だからね。まあいつも一緒だから実感はないだろうけど」


 僕がははっと笑うと、楓音はベッドにぺたんと座り上目遣いで少し睨んでくる。


「もう! 嬉しい! おにいちゃん大好き!」


 そのまま抱きついてきた楓音は「お兄ちゃんがつけて」というので、長い髪を優しく束ねてネックレスを着けてあげる。

 楓音は姿見まで走っていき、大きな鏡で自分の姿を眺める。

 同じ勢いのままベッドに戻り、僕の方まで来るとモゾモし始める。


「もう嬉し過ぎ!」


 一緒にベッドに潜り、二人で布団の中でモゾモゾする。この時間が結構楽しかったりする。

 朝ごはんを食べたら学校なので、お弁当はおばあちゃんと一緒に三人で作った。

 その時にネックレスを見せびらかすことを忘れない楓音。祖父母には伝えていたので『楓音ちゃんよかったねぇ』と平常運転。

 そんな平穏な日々を過ごしながら更に一年がった。




 我が御開おひらき一族は不思議な能力を有している。

 曾祖父は白昼夢を見て埋蔵金の在処を知り、その幻に従い有り金をはたいて家を売り幻で見た山を購入したそうだ。

 だが埋蔵金は見つからず極貧の中曾祖母とあわや離婚かというところである程度の埋蔵金が見つかったらしい。得た総額は土地で払った金額の倍のみ。普通に働いていれば稼げた金額だった。だが山が手に入ったし夢があったからと案外幸せに暮らしたそうな。

 祖父母は白昼夢で株の暴落を予知したらしく財産を何倍にも増やしたそうだ。僕らもそのうち何かが起きると言われていた。

 そして僕は四年前に夢をみた。

 もうあれから四年が経った。

 当時僕は十歳だったが今年で十四歳になる。来年は受験だ。

 そろそろどこの学校を受験するか等話題が出はじめていた。

 学校から帰宅してリビングで妹とのんびり過ごす。明日は祖父母が買い物に連れて行ってくれるので妹はそわそわしていた。

 というのも僕達の十四歳の誕生日が今月なので、好きなものを買ってくれるからだ。

「何にしようかなー」とソファーの上で落ち着きなく足をバタバタしていた妹が、何を思ったのか急に立ち上がり静止する。


楓音かのん?」


 声を掛けるが返事がない。

 楓音かのんは目を見開き焦点が合っていない。眼前で手を振るが反応が無い。

 これヤバイ奴か? 心配になり肩を揺すろうとするがフト思い出した。

 僕達の一族の不思議な能力。

 もしかして楓音は白昼夢を見ているのか? そう言えばじいちゃんが白昼夢を見るのはごく短い時間だが、その後は混乱しているのでゆっくり話を聞いてあげなさいと言われていた。その頼りの祖父母は老人会があるため家に居ない。

 僕は楓音が白昼夢を見ていると思い待つことにした。

 白昼夢は二十歳を過ぎてから見ることが多いらしいが、楓音はまだ十三歳だ。

 それにもし白昼夢だったら、我が御開おひらき家の一大事。白昼夢には我が一族を繁栄へと導いてくれる可能性があるからだ。

 夢と白昼夢では意味合いが違う。

 白昼夢はいわば予言や未来視のようなもの。

 僕が見た夢は過去。知らない男一人の人生だ。

 子供が大好きな人で特に一人娘は目に入れても痛くない可愛がりようだった。

 その夢以降、僕は妹が可愛くて仕方がない。子供を愛おしく思う親の感覚が僕にインプットされたかのように僕は子供が好きになった。

 今では僕の妹の可愛がりようはシスコンの名を欲しいままにしている。

 そんな可愛い妹を見守っていると、突然目が覚めたのか叫び出した。


「お兄ちゃん! 見えた。見えたよ! なんかね、私ヒロインみたい」


 かなりアレな発言だが、僕達一族の能力の発現かもしれない。

 楓音かのんは未来を見たのだろうか。

 だが楓音かのんが喜んだのもつかの間、なんだかしょんぼりし始める。


「こんなのヤダ」


 急に落ち込んだ妹を宥めるべく僕は話しかける。


「どんな未来を見たの? よかったら話してくれる?」


「うーっ」と言いながら、僕を見あげてくる妹に僕は精一杯の笑顔で応える。

 僕と妹の背丈に大差はない。双子なので当然なのかもしれないが、僕としては妹より大きくなりたい。こういう時は大きい方が兄として慰めれる気がするから。

 

「こんな役やりたくない」

「そ、そうか」


 どうやらヒロインというのが役柄のようだ。演劇に関する未来視かな?


「おにいちゃん。私こんな未来から逃げたい」


 僕が見た夢も酷いものだった。一言で酷いとは言いにくい多くの思いが内包しているが、今でもその夢に人生が引っ張られているのは否めない。

 僕もこの夢から決別する必要を感じている、だから僕の答えはシンプルだ。


「そっか。いいんじゃないかな。逃げることも戦略のひとつだよ」


 与えられた能力に向き合うのも卑下するのも個人の自由だ。向き合える時に向き合えばいいと思う。

 それに脇役でも輝ける人はいるんだし、ヒロインでなくっても何の役でも楽しめたら勝ちだと思う。ほんとに嫌なら演劇を辞めたらいいと思うし。 

 それに楓音がいって欲しいと思っている言葉は、おそらく単純な肯定だ。


「でも、もしね。私の我儘でたくさんの人が死ぬとすれば、お兄ちゃんならどうする? それでも逃げていいの?」


 どんな演目なんだろう。ヒロインにはひとりで背負いきれないほどの重責があるようだ。僕は悩む。ここは適当に答えるべきではないだろう。真剣に悩んでるのなら真剣に答えたい。


「逃げてもいいよ。楓音かのんがそのことで後悔するなら逃げない方がいいと思うけど。決断ってどっちでもいいって本に書いてたから。だったら後悔しないと少しでも思った方を選べばいいと思うよ。逃げてから考えたっていいと思う。未来の事なんて誰もわからないんだから」


 この回答は楓音かのんの未来視に対する挑戦でもある。

 僕が大事に思うのは楓音であって未来視という能力ではない。その能力が楓音の人生の足枷になるのならいらないとすら思う。

 それに楓音が見た未来はまだ確定ではない。

 楓音が見た未来に向けて運命の舵が切られる。それは祖父母からも言い聞かされてきたことだ。でも確実にそうなるものでもない。限りなくそうなる可能性を秘めているだけだ。僕もそう思うので、楓音かのんの負担を少しでも軽くするよう笑いかける。


「じゃあ、私、逃げる」


 それでいいと思う。まだ中二でなんの力もない。未来を見たからって変えれるほどの能力も力もない。


「僕は、楓音かのんの決断を尊重するよ」


 僕をじーっと見つめる楓音。

 僕の言葉を試しているのかもしれない。自分の吐いた言葉を信じてもらうのって難しい。どうすれば気持ちが伝わるかなんてわからないから。でも僕らには積み重ねがある。

 しばらく僕を見つめていた楓音がため息をつく。


「全力で逃げる。それでもって嫌な運命は変える。お兄ちゃんも手伝ってくれる?」


 なんのことかさっぱりわからないが、解決したのなら何よりだ。

 僕が頷くと、ようやく楓音も笑う。


「私の見た未来はね……」


 うちの一族の能力はどれも現実に即したのものように思う。世界規模で世間を騒がすような大それた能力ではない。

 だが夢のお陰で人生が狂ったご先祖様もいる。その先祖様は、自分は大名になれると意気込み下剋上の挙句、一族もろとも死刑になりそうだったらしい。処刑されたのは当人家族のみで親族は免れたそうだ。それ以来、僕らの先祖はこの夢の能力を過信しない。夢は見るがその程度。いや、夢を見た場合は下剋上の悲劇を過去の過ちとし教え込まれる。少し羽目を外す人もいたそうだが、基本は人畜無害な能力だ。

 だが楓音は未来視。実現可能な能力であり僕ら御開おひらき家を今日まで繫栄させてきた実績がある。決して無下にできる能力ではない。


「日本がぐっちゃぐちゃになる夢。人口の一割が死んじゃうの」

「は?」


 人口の一割が死ぬ? それって一千万人がなんらかの事故により亡くなるってことか? 核兵器でも落とされるのだろうか? 予想外過ぎる未来に僕は唖然とする。


「おじいちゃん達も」

「えっ?」


 家族も死ぬ? そんな馬鹿な。いつの話? 時系列が知りたい。その前に何が起こるんだ? こんなスケールの未来視を見た先祖はいない。楓音が見たものは何だ?


「それでも逃げていい?」


 究極の選択過ぎんだろ! 逃げていいとかそういう問題か? 逃げて解決するならそれでいいと思うが、阻止できればしたいという英雄願望みたいなのが頭をもたげる。僕にも名誉欲ってのがあるんだな。そこは反省し、楓音かのんの問いに答える。


「先に全部話して欲しいけど、これだけは変わらないよ。僕は逃げてもいいと思う」


 おじいちゃんごめん。だけど、みすみす見殺しにはしないから。


「お兄ちゃん大好き」


 少し申し訳なさそうに笑う楓音。この言葉を聞いただけで僕は満たされる。男って単純なんだろうなと我ながら思う。


「明日は五月二十七日の土曜日。始まりの日。お兄ちゃん明日はお出かけしよう」

「別にいいけど、僕らの未来はどうするの?」

「未来は明日、確かめに行くの」

「どういうこと?」

「明日京都観光に行こう」


 全然僕の話を聞いてねぇ。でも楓音は真剣に考えてるんだろう。いつもの明るくフワフワした感じの中に緊張感のようなものが感じられる。


「何故に京都?」

「だって日本初のダンジョンは京都だから」


 この時から、元気で明るいだけだった楓音の姿は消える。

 嫌なことからは逃げて、抗うことのできる運命には立ち向かい続けるという極端な二面性を持った妹が誕生する。それが吉とでるか凶と出るかはわからない。

 ただわかることは、その旅路に僕もお供することになったことだ。

 僕達の冒険はこのときから始まった。




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2025年1月11日 08:00
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僕は愛で、妹は使命で 竜田ゼン @g6678

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