ストーキング①



 あたしの一日は、朝六時のスマホのアラームで始まる。





 定期的に変えないと聞き慣れて寝過ごしてしまうスマホの目覚ましアラーム音は、今は恋愛ドラマの主題歌に設定してある。



 特別好きな歌って訳でも好きなドラマって訳でもないけど、ジャカジャカ騒々しい前奏で始まるから使ってる。



 出だしから余りにも騒々しい前奏のお陰で、歌詞に入る前に起きれたりして重宝してる。



「……んっ」


 今日も今日とて騒々しいアラーム音に夢から強制的に現実に戻され、枕に顔を埋めてる状態で手を伸ばし、パタパタと敷布団を叩きながら手だけで探す。



 目を開ければすぐに見つかるスマホも、そんな風に探してるから暫く騒々しい音楽を奏で続け、ようやく探し出して画面を触ると、途端に静かになった。



 その静かになったスマホを握り締めて、暫くの間目を閉じたまま、二度寝に入るか入らないかのところでギリギリの意識を保つ。



「うああ……」


 溜息とも唸り声とも分からない声を出し、うつ伏せ状態で寝てた体を無理矢理四つん這いになって起き上がらせたあたしは、そのままベッドの上に座って、また暫くボーッとする。



 何年も同じ時間に起きてるのに未だに寝起きが悪いのは、きっと元々寝起きってものが悪い所為だと思う。



 続けてれば体が慣れてもいいはずのに、あたしの体は全然慣れてはくれない。



 むしろ起きるのが年々辛くなってきてるような気さえする。



「…………」


 口を半分開けたままボーッと壁を見つめる寝起きのあたしの姿は、他人が見れば相当見苦しいものだと思う。



 自分でさえ寝起きの顔を鏡で見て、たまに引く事があったりするくらい。



 だからあたしからすれば寝起きから爽やかな顔をしてる人の方が信じられなくて、凄く羨ましかったりする。



 ドラマや映画に出てくる女優さんのように、寝起きから目がパッチリになってればどんなにいいかと本気で思う。



 あたしの寝起きの顔なんて、目が普段の半分くらいになってるし、心なしか唇が腫れて二割増しくらいになってるように思える。



 頭の動きもとっても悪くって、中々通常運行を始めてくれないから、こうしてボーッとする時間が長めに必要。



 そんな「寝起き」の全てが悪いあたしが、それでも毎朝無理して起きる理由は窓の外にある。



 両親が、当時まだ随分と幼かったあたしをひとりにする時間が増えてでも「共働き」を選択して買った一戸建てマイホームの隣には、前の道をトラックが通った揺れだけで崩れてしまうんじゃないかと思うような、木造のボロアパートがある。



 いつ取り壊されてもおかしくない――近所の人たちは取り壊しを願ってる――そのボロアパートは、築年数があたしの年の倍以上。



 今では入居者がほぼいないそのアパートは、前の通りに面して外階段が設置され、縦長に建てられてる。



 だからあたしの部屋の窓からは、あたしの家の庭を挟んだ向こうに、ズラリと並ぶアパートの部屋の窓が見える。



 ようやく動き始めた頭をブルッと小さく振って、ベッドの横にある窓に目を向けた。



 遮光カーテンの隙間から射し込んでくる陽の光が、あたしを歓迎するかのようにキラキラとしてる。



 実際は光がキラキラしてるんじゃなくて、空気中に舞ってる埃が光に照らされてキラキラしてるように見えるだけだけど、あたしとしては世界が輝いてるように思える。



 手を伸ばし、中央でほんの少しだけカーテンを開くと、朝日を浴びるボロアパートが視界に入ってくる。



 爽やかな朝の空気が似合わないオンボロのアパートは、今日もそこにある。



 鼻先が付くくらい窓ガラスに顔を寄せて、目的の所に視軸を合わせる。



 あたしの家とアパートは天井の高さが違うのか、同じ二階建でもあたしの家の方が背が高くて、お陰であたしの部屋から見えるアパートの二階の部屋の窓は、ほんの少し見下ろすような感じになる。



 そのアパートの二階の、あたしからは斜め左下に見える部屋の窓のカーテンが既に開いてる。



 二階で唯一住人がいる部屋。



 そこに住むのは「犯罪者」。



 外の気温が低い所為で口許近くの窓が曇り始めて、カーテンから顔の半分も出してないあたしは曇りを手で拭った。



 ちょうどその時、アパートの二階の部屋の窓に人影が見えて、あたしは慌てて窓ガラスに額をくっ付け凝視した。



 アパートの部屋の奥から窓の方に近付いてくる「犯罪者」が見える。



 今日は起きるてから動き出すのに時間が掛かり過ぎた所為か、「犯罪者」は既に着替えを済ませてて、残念ながら生着替えは見逃したらしい。



 歯ブラシを咥えた「犯罪者」は、狭い部屋の中央辺りで足を止めると布団を畳み始める。



 毎日ちゃんと畳んで、たまに窓に掛けて干してたりする布団は三年前に購入した物。



 買った当時はフカフカな布団だったのに、今ではぺっちゃんこになってしまってる。



 布団を畳む為に腰を折る「犯罪者」の髪が動きに合わせてユラユラと揺れる。



 金色から赤色。そしてまた金色と、この五年で色々と変化をげた髪の色は一年前から黒になった。



 髪の色が変わる度に受ける印象が変わる「犯罪者」の雰囲気は、今は好青年って感じ。



 ただ髪の色は変わってもその端整な顔立ちは変わらず、少し変化があったとすれば垢抜けたって事くらい。



 初めて会った時は顔も雰囲気もまだ「少年」だった「犯罪者」は、今ではすっかり「青年」になってる。



 そしてあたしは「子供」から「少女」になった。



 布団を畳み終わった「犯罪者」が、部屋の奥へと消えていく。



 あたしが見てる位置からは「奥」だけど、アパートの住人にとっては部屋の「前」になるのかもしれない。



 玄関から入ってすぐにある台所。



 洗面所がないボロアパートに住んでる「犯罪者」は、その流し台で歯磨きや洗顔をする。



 暫くすると「犯罪者」が戻ってきた。



 窓の方にやって来ると、さんに置いてあった煙草とライターを手に取り、壁際に置いてあった茶色のボディバックを掛けて離れていく。



 あたしはカーテンを大きく開き、窓の桟に顎を載せると、



「いってらっしゃい、元親もとちか君」


 見えなくなる背中に声を掛けた。

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