第38話 お泊まり会の夜と朝



『ふーん。それで結局お泊りすることになったのか』


「そう、だから今日は深夜ラーメンには付き合えないよ」



 深夜、千秋からの着信音で叩き起こされた俺は月島家のテラスで通話していた。


 結局、二人に押し切られてお泊まり会になったのだ。もちろん、雛乃の機嫌がすこぶる悪くなったのは言うまでもない。



 明日の俺、頑張ってくれ。



『……で、ヤったの? 3P?」


「やってません。リビングに布団を3人分横に並べて、お菓子を食べながらゲームをしただけ」



 今日はオールだと息巻いていた麗華が真っ先に眠りについてしまい、それを見た俺と真由は後片付けをしてそのまま眠りについたのだ。



『はー? なんで手を出さないんだよ? 絶対ヤレただろ』


「いやいや……エッチなゲームでもあるまいし」


『エロゲーの世界なんだろ? ここ』



 そういえばそうだった。


 いや、そもそもエロゲーの世界だからとか関係ないし。


 それに俺は……


 冷蔵庫から持ってきたミネラルウォーター揺らす。



『……どしたん? 辛気臭い顔して』


「え、顔を見えないのになんでそんなことわかるんだよ」


『スマホ越しで伝わってくるんだよ、イジイジしたオーラが。なにを悩んでるんだよ。言ってみ』



 急かすわけでもなく、どこか優しい千秋の声。


 だからだろうか、ぐちゃくちゃになっている自分の気持ちを整理して言葉にする。



「……俺は当て馬キャラなんだよ」



 ただ、主人公との比べ物にされるだけの……踏み台にすらならない噛ませ犬。それが俺、石橋強だ。



「だから、本来ここにいるべきなのは俺じゃなくて、主人公の『佐々木悠真』であって、俺は佐々木からヒロイン達を……居場所を奪ってるんじゃないかって」


『それのどこが悪いんだよ?』


「え……」


『そもそも、お前はなんで今、月島の家にお泊りが出来てるんだ? それは、お前が月島達を助けて、コミュニケーションを取って、仲良くなったからだろ?』


「それは……そうなんだけど……」


『逆に、佐々木悠真は月島達になにかしたか? なにもしてないじゃん』


「………………」


『確かに本来の石橋キャラは噛ませで主人公じゃない。でも、月島のために退学覚悟でクズ島と喧嘩して、小日向の為に二人の仲を取り持ったのはお前だ。佐々木じゃない。それなら、二人の心が佐々木から離れて、お前のところに行くのは不思議なことじゃないだろ』


「………………そういうのもなのかな」


「そういうもんだろ。それに、俺から見てもナヨナヨした佐々木より、お前の方が男としてカッコイイと思うし、好きだけど?」



 ブハッ!?


 飲んでいた水が一気に吹き出した。そのせいで激しく咳き込む。



「お? どしたどした? あ、もしかして照れてんの? かわいいところあるじゃん」


「べ、別にそんなんじゃっ!」


『はいはい。わかってるわかってる。面白い反応が見せたし切るわ。おやすみ』



 一方的に通話を切られた。



「………………」



 ため息をつきながら戻ると俺の布団スペースが麗華に侵攻されていた。

 

 しょうがないので枕だけ持ってソファーへと倒れ込む。


 千秋のせいでごちゃごちゃしてしまった頭を整理しながら、再び瞼を閉じた。




 ……どのくらい寝たのだろう?


 朝日に照らされている時計を確認すると、短い針は6時を刺していた。


 二度寝しようにも完全に目が覚めてしまった。


 毎朝のこのくらいの時間に起きて洗濯とか色々とやるからなぁ……習慣とは恐ろしいものだ。



 むくりと起き上がり二人の様子を伺う。


 しばらくは起きそうにない。せっかく起きたんだし、朝食でも作っておくか。 


 バカでかい冷蔵庫を見ながら、なにを作るのか考える。本当に色々な材料が入ってるな。


 とりあえず、簡単なものでいいか……


 味噌汁を作りながら、他になにを作ろうかと考える。



 白ごはんは炊飯器にあるし、ベーコンエッグと赤ウィンナーのセットで……ウィンナーはタコさんの形にするか、麗華が喜びそうだし。



「おはよ。強くん」



 味噌を溶いていると真由がキッチンにやってきた。



「ああ、おはよう」 


「私も手伝うね。えっとベーコンエッグかな?」



 真由はそう言いながら手際良く準備して、隣でフライパンに火を入れた。



「悪い。もしかして起こしたか?」


「ううん。私、いつもこのくらいの時間に起きちゃうから。習慣って怖いね」



 どうやら、真由も俺と同じらしい。



「でも今日はいつもと違って、味噌汁の匂いで目が覚めて……起きたら強くんが居て、おはようって言って。それがね。なんか、いいなぁって」


「ああ、そうか。いつもは朝一人だもんな……」


「それもあるけど……強くんだから、いいなって思ったんだよ?」


「そうかい、それは嬉しいね」



 真由の言葉をサラッと受け流した。


『二人の心が佐々木から離れて、お前のところに行くのは不思議なことじゃないだろ』



 昨日の夜、千秋に言われた言葉を思い出す。



「…………」



 隣を見ると真由は不満げに頬をプクと膨らませていた。


「……どうした」


「そういえばね……麗華ちゃんから聞いたんだけど、石橋君と麗華ちゃんって仲良しのキスしたことあるんだよね?」



 真由の言葉に皿を落としかけた。


 あいつ、まじで、なに言ってるんだよ。勘弁してくれよ。



「私ともしてみる? 仲良しのキス」


「……はい?」


「今なら、麗華ちゃんも寝てるし、周りも誰も見てない。だから……今なら浮気しても、バレないよ?」



 少しずつ近づいてくる真由の顔。


 え? なんだこの展開? 人生ゲームは現実だったのか?

 

 あまりの展開に呆気に取られているとくすくすと真由が笑った。



「ごめんね。少し意地悪しちゃった」


「え、あ、あぁ……なんだ……冗談か」



 そうだよな……真由がいきなりあんなこと言うわけ……



「強くんが悪いんだよ? 結構勇気出して言ったのに受け流すんだもん」



 ぷくっと子供のように俺への不満をぶつける真由。


 ……むしろどんな反応をすればよかったんだよ。



「……で、しないの?」



こくりと首をかしげる真由。



「するわけないだろ」


「なーんだ。残念」



 拍子抜けした表情で料理に戻る真由。


 …………一体、どこまでが本気だったのか。



「そ、そういえば、今回のお泊まり会って真由も一緒に企てたんだろ? なんか、意外だったな。らしくないというか」



 空気を変えるために話題を振ることにした。



「それは、桜井さんにヤキモチを焼いちゃったから……かな?」



 そう言いながらトンと肩をぶつけてくる。


 え? 真由が雛乃にヤキモチ? 

 

 あいつに対してやきもちを焼く要素があっただろうか? そりゃ雛乃の容姿は可愛いけど、真由だって負けず劣らない容姿を持っている。




「……なんで?」



 思わず、溢れてしまった言葉に、真由はニコリと微笑んで



「……さぁ?」



 とだけ返した。


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