第35話 パーフェクトコミュ二ケーション


 麗華の家の最寄り駅。


 俺はイヤホンをつけながら焚き火が燃えている動画を見ていた。


 人は火を見ると安心するという。そしてぱちぱちと火花が飛ぶ音はヒーリング効果があるとのこと。


 つまり、この焚き火動画は雛乃の説得に疲れた俺にとっては癒やしなのだ。



 ぎゅっ。と不意に誰かに左手を握られた。




「お待たせ、強くん」



 驚いて隣を見ると私服をきた真由が俺の手を握っている。


 い、いつの間に隣に? ていうか



「なんだこの手は……」



 イヤホンを外し、握られた手を見ながら抗議すると真由は不服そうに頬を膨らました。



「いくら声をかけても返事しなかったのは強くんの方だよ?」



 ……まじか。焚き火動画に夢中になり過ぎて真由に気づかなかった。そんな俺の心情を察したのかジトーと俺の顔を無言で見つめる真由さん。



「俺が悪かった。だから機嫌を直してくれこひ…………真由」



 恥ずかしさもあり、躊躇しながら名前を呼んだら真由はクスクスと満足そうに頷いた。



「よく言えました。さ、麗華ちゃんが待ってるから行こっ」



 そう言いながら、上機嫌で歩き始める。

 機嫌が直った理由がよく分からないが、とりあえずよかったよかった。


 ただ、手はいつまで握ってるつもりなんだろう。



「そろそろ手を離してくれ」


「え? どうして?」


「どうしてって……恋人でもないのに手なんか繋いだら変だろ」


「友達なんだから普通じゃない?」


「いや、そんなこと」


「普通だよ?」


「………………」



 無言の圧をかけてくる真由。


 プレッシャーは強烈だが、俺も男だ。ちょっと圧をかけられたからって黙って言いなりになってはいけない。


 違うことは違うとはっきりというべきだ。



「普通だよね?」


「あ、はい」



 しかし、円滑に友好関係を築くためには時にはこちらが折れることも大切だとも思う。



「…………」


「どうしたの?」


 改めてみると真由の持っているカバン、少し大きいな……重くないだろうか?


「……カバン重いだろ。寄越せよ」


「え……あ、ありがとう」



 真由から少し大きめのカバンを受け取り歩き始めた。



「真由は休日ってどう過ごしてるんだ?」


「うーん。基本的には家事をしたり……勉強したり? あ、たまに時間がかかる凝った料理とか作ってるかな。あとはお弁当のおかずの作り置きとか」


「へぇ、いつも食べてる弁当は真由の手作りだったのか」


「うん。うち、母子家庭でね。お母さんは仕事で忙しいから私が作ってるの」



 ……ん? あれ? この会話、なんか覚えがあるような?



「お母さん、滅多に帰ってこないんだけど偶に夜に帰ってくることがあって……だから一緒にご飯を食べるのが楽しみでつい気合いが入ちゃって凝った料理とか作っちゃうんだ」



 繋いでる手をぶらぶらと揺らしながら話をしてくれる真由。



「……そうか、すごいんだな。お前のお母さんは」


「……え?」


「滅多に帰ってこないってことはほぼ不眠不休でくたくたになるまで働いてるんだろ? お前のために」



 そう言うと真由はぽかんと口を開けてぼんやりと俺を見つめてくる。


 え、何この空気……



「俺、何か変なこと言ったか」


「え? いや、ごめんね。そんなことないよ! みんなにこの話をすると私のこと『すごいね』とか『大変だね』とか『偉いね』とか言ってくれるんだけど……」



 あ、そういえば。同じような会話ゲームでもあった気がする。

 確かグッドコミュニケーションでは悠真は『小日向さんはすごいんだね。大変なお母さんを支えるなんて』みたいなことを言っていた。



 ちょっと待て……俺の返事ってバッド? ノーマル? どっち?



「……なんというか、お母さんは……私のために私以上に頑張ってくれているのに。私だけが『大変だね』とか『すごいね』って言われてもあんなり嬉しくなかったの。だけど、石橋くんがお母さんを『すごい』って言ってくれてでしょ? びっくりしたけど、それがすごく嬉しかったの」


「……母さんのこと、大好きなんだな」


「……うん。大好き」



 微笑みながらこくりと頷く真由を見て、どこかほっこりした気持ちになる。



「……やっぱり、強くんは他の男の子と違うなぁ」



 それはいい意味で? 悪い意味で?


 真由の真意が聞きたくて、尋ねようとした瞬間。不意に、握っていた左手が離れる。


 よかった。と思ったのも束の間、今度は指を絡め、恋人繋ぎをしてきた。



「これは強くんが悪いんだよ? 責任。取ってもらわないと」



 なんの責任だよと突っ込みたくなったが、先ほどより握る力が強くなっているのを感じ、諦めながら握り返した。




「あ、麗華ちゃんに着いたよ」



 真由はピタっと立ち止まり、手を離す。



 ほう、ここが麗華のハウスか。



「……すご」



 というのが、麗華の家に対して最初の感想だった。まるで別荘のような大きさと駐車場には車が3台そのうち外車が一台。



「いらっしゃい二人とも」

 


 インターホンを押したらすぐに麗華が迎えにきてくれた。どうぞと家の案内される。



「「お邪魔します」」



 玄関の廊下も広い……


 あれ? そういえばこうして女子の家に招待されるのは初めてだな。


 ……や、やばい。なんかソワソワしてきたぞ。



「石橋? どうかしたの?」



 俺の様子を見て不思議そうに麗華が聞いてくる。


 いや、女子の家にくるの初めてで落ち着かなくって……しかも月島の家でかいし。


 うん。とても恥ずかしいな。



「……いや、別に」


「ああ、そっか。石橋、女の子の家なんて来たことないから浮かれてるんだ。全く、これくらいで浮かれないでくれる? ちょっと恥ずかしいよ」


「………………」



 ふふんと出来の悪い弟を見るような目でマウントをとる麗華。そして反論出来ない俺。



「ま、お菓子とかゲームとか適当にもてなす準備はできてるから」


「……はい」



 リビングへの扉を開けた瞬間、固まった。


 リビング中に吊るされたフラッグガーランド、無数の風船、踊る電飾、絶対に半日くらいかけただろと思わせるほどの豪華な飾りつけ。


 そして大きなテーブルにはピザ・ローストチキン・山盛り唐揚げ・数多くのお菓子。


 部屋の隅に山のように積まれているゲーム機や人生ゲーム、トランプやUNOといった数多くのカードゲームやボードゲーム。



 なんだこのヤバいリビングは……3人で遊ぶってレベルじゃねぇーぞ。大人数でパーティでもするのか?



「…………………………」



 真由もこの部屋をみて固まっている。



「あと一通りのサブスクも契約しといたからみたい映画とかあれば見れるし、対象外のやつは好きな作品をポイント使ってレンタルしてくれればいいから」



 あの……10000ポイントもあるんですけど。



「あと、二人の飲み物の好みとかわからなかったから、ソーダ系や果実系のジュース、コーヒー、紅茶、お茶、水、スポドリとありとあらゆる全ての飲みものを用意してある。あと料理も定番のものは用意したつもりだけど……食べたいものがあったら言ってくれていいよ」



 めちゃくちゃおもてなししてくれるじゃん……


 呆然と立ち尽くす俺たちを気にせず『ピカピカとピンクに光るハート型のグラサン』と『パーティハット』をつけ始める麗華。


 お前、なんだその格好は……



「はい、これ石橋の分」 



 パリピ仕様の麗華に『ピカピカ黄色に光る星型のサングラス』と『パーティハット』を渡された。



「あと、これも」



 そしてトドメと言わんばかりに渡されたパーティクラッカー



 ……お前が一番浮かれてんじゃねーか。






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