第34話 私のミス



「すいません……私のミスでした」



 リビングで重々しく声を発したのは従者である桜井雛乃。

 彼女はテーブルの向かいの席に座り、目を合わさず俯いていた。


 昨日の昼休みに雛乃が引き起こしたあの地獄のような修羅場。


 あのあと、鬼のように麗華に詰められて、様子の見にきた真由も加わり、助けを求めるように千秋を見るとそれに気づいた雛乃の機嫌が悪くなってー


 ……だめだ。これ以上は思い出したくない。身体が拒否反応を起こしている。



「私の行動で……あんなことになるなんて」



 ああ、そうだな……俺もあんなことになるなんて思ってなかったよ。



「きっと貴方は優しいから、過ちを犯してしまった私のことも許してしまうんでしょうね」 



 困ったような笑みを俺に見せる。


 おいおい、そんなシリアス顔して勝手に話を進めないでくれるか。俺は許してないぞ?



「だから、その手に持っているスマートフォンはきっと私の幻覚なんでしょう」


「そう思ってるなら手を離してくれないか? 電話ができないだろうが」


「どうせ源一郎様に私をここから追い出すように頼むんでしょう!?」


「さすが雛乃。鋭いな。はは」


「そこは否定して欲しかったんですけど! いいんですか!? 私を追放したこと。きっと後悔しますよ! あとで『戻って来てくれ』って言われてもいまさらもう遅いですからね!?」


「大丈夫だ。現在進行形で後悔してるから」


「ひ、ひどい! 私だってご主人のために頑張ったのに!」


「頑張った結果、俺とお前は肉体関係を持つドロドロ共依存の幼馴染みで、月島とは遊びの恋人かつ小日向は浮気相手、しかも本命は千秋という超絶クズ男になったんが……」


「すいませんでした」


 確かに、俺と麗華が付き合ってる嘘はあやふやになった。だけど、俺の評判ぐっちゃくちゃだ。


 正直、よくなった点と悪くなった点が釣り合ってない!!



「だ、大丈夫ですよ! ご主人が全生徒から避けられちゃったとしても私だけはそばにいますから!!」



 勝手にクラスメイト達から全生徒にグレードアップしないでくれないか? 流石に他クラスや他学年の生徒達からは………………いや、これ以上考えるのはやめよう。



「そもそもお前が月島に対して変な見栄を張ならければ……あの『寝てます』発言がなかったらここまで大事にはならなかっただろう」


「だって、あそこで引いたら負けじゃないですか! 幼馴染代表として負けれなかったというか……」



 その設定、まだ引きずってたのか。



「それに……嫌だったんですもん」


「嫌って何が」


「ご主人と月島さんが付き合ってるってみんなから思われてるのが……」


「え」



 それは……ま、まさか。雛乃……つまり、そういうことなのか? こいつは俺のことを?



「雛乃……お前まさか」


「っ! ご主人! 私、私ね!」


「お、おう……」



 雛乃の言葉に思わず、背筋が伸びる。



「私には恋人が出来ないのに! ご主人だけ恋人作ってるとか屈辱過ぎます!」



 ヤバいどうしよう。こいつマジでしばき倒したい。


 色々な感情をグッと抑えつつ、深呼吸。



「………………よし、これでこの話は終わりだ。それと今日は朝から外出するから昼御飯はいらない」


「ふぅん? わかりました」


「じゃ、そういうことで」



 さて、洗濯物を干さなくちゃ……


 リビングから出ようとする俺の腕を雛乃がガシッと掴んでくる。


 ち、逃げ遅れたか……



「ちなみに……どこに行くんですか?」


「……………………月島の家」


「はい!? ちょっと! どういうことですか!? どうして月島さん家で遊ぶことになったんです!?」


「お前が麗華に『私は強くんと『おはよう』から『おやすみ』までエブリデイ一緒ですけどあなたは?』とか言うからだろうが」



 昨日の放課後、雛乃の発言で火がついたのか、生徒会室でいきなり『明日石橋の家に行っていい? ていうか行くね』とか言い出したのだ。


 そこからなんとか麗華の家で遊ぶという話まで持っていった俺をもしろ褒めて欲しい。


 雛乃も察したのか気まずそうに黙っている。



「で、でもでも! 一つ屋根の下で男女二人っきりとか! あまりにスケベです!! けしからんです!!」


「俺たちは一つ屋根の下で二人っきりで過ごしているんだが……」


「………………」


「………………」



 生まれる沈黙。



「つまり、俺とお前は毎日スケベでけしからんことにー」


「シャラップ! そんな屁理屈で誤魔化そうとしても無駄ですよ!」



 別に屁理屈じゃないし、誤魔化してもいない……



「二人きりじゃないから安心しろ。小日向もいるから」


「3ぴー!?」



 すまない。ちょっと黙っててくれないか?



「ご主人! 冷静になって下さい! どうせなんだかんだ理由をつけてお泊まるとになって、それで夜になったら布団で寝転んでいるところにいつもとは違う気合を入れた格好で押し倒して……みたいな展開エッチなゲームでよくあるやつです!」



 お前のプレイしたエッチなゲームと現実を一緒にするな



「あのですね! そもそもー」



 なぜか始まる雛乃の説教タイム。


 ……今回の雛乃、なんでこんなに面倒なんだ? いや、いつもこんな感じだったけ? どうやってこの厄介娘を説得すればいいのだろう……?



 スマホをいじりながら考えているとイライラした視線を感じる。



「ご主人? 私の話聞いてますか?」


「うん。聞いてる聞いてる」


「じゃあなんでスマホをいじってるんですか? 絶対に私の話聞き流してるでしょ」


「いや、聞いてる聞いて……これは!?」



 俺はあるニュースを見て思わず声を上げた。その様子にぱちくりと驚く雛乃。



「な、なんですかいきなり……」



 興味を持ったのか、雛乃は俺の隣に移動してスマホを覗き見る 



「ああ、人工心臓ですか」


「そうだ。これは医療業界にとって大いなる第一歩となるだろう」


「いや、そんな大袈裟な」


「大袈裟じゃない、これからの心臓移植でしか助からない人達を救う手段の一つにもなり得るんだぞ。心臓のドナーって少ないし……」



 心臓疾患でドナーが必要だった俺にとってはまさに救いの手になり得たのだから……



「ご主人の人工心臓に対する謎の熱意はよくわかりませんが……人工心臓って高額な上に維持費もするんですよねー定期的なメンテナンスも必要ですし。ですから、人工心臓をつけられるのなんて一部の大金持ちくらいですよ」


「そうだったのか……さすが雛乃、博識だな」


「……ご主人、人工心臓の話を使ってそれとなく話の流れを変えようとしてません?」



 バレたか。


 俺は心の中でため息を吐きながら、待ち合わせに少し遅れると真由にメッセージを送った。

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