第26話 可愛い従者は妬かせたい


 昼休み。


 俺は雛乃にお願いされた通りに告白場……校舎裏に来ていた。ちなみに麗華には事前に遅れると伝えてあるのでその辺りの対策もバッチリだ。


 それにしても校舎裏とは……なかなかに定番なところを告白場に選んだな。



 すっと物陰から二人の様子を伺う。



「あ、ごめんなさい先輩。お待たせしました〜」


「ううん。大丈夫さ。僕も今来たところだからね」



 相手の生徒は少し着崩した制服と今どきのオシャレかつかなりの美男子だ。正直、アイドルやれるくらいの。


 そんなイケメンを前に通常運転の雛乃さん。


 雛乃から聞いていたような横暴さは感じられないのだが、キレたら豹変するタイプなのだろうか?



「強くん? なにしてるの?」



 っ!?


 耳元でボソッと呟かれ、思わず身を震わせる。この声、聞き間違えるはずはない。



「小日向か」


「ご、ごめんね? 驚かせるつもりはなかったんだけど……」


「いや……どうしてこんなところに?」


「たまたま強くんを見つけて……歩いている方向が生徒会室じゃなかったから気になっちゃって……」


「そうか……」


「…………」


「なんだよ」


「まゆだよ。強くん」


「……はい」



 笑顔でプレッシャーをかけてくる真由を前にただ頷くしかなかった。



「あれ? あの人……宮田先輩。だったかな?」


「知り合いか?」



 意外な接点だな。



「うーん。知り合いほどじゃないんだけど。この前告白されて」


「マジかよ」



 宮田先輩……もしかして手当たり次第なのだろうか? 



「……強くんは、あの女の子にお願いされてここに来たの?」



 ここは素直に伝えるべきだろうか? なんというか、今彼女に下手な嘘をつくのは得策ではないような気がする。


 それに真由は一度雛乃と接触しているし……


 二人の様子を伺いながら、簡潔に俺と雛乃の関係を伝えた。



「従者……石橋くんのメイドさんみたいなものかな?」


「ああ、そんな感じだ」


「そっかぁ……いいな。私も石橋くんの従者になりたいな」


「なんでだよ……」


「だって、毎日石橋くんと顔を合わせたり、お話できるんでしょ? 高校を卒業してもずっと」


「別に顔を合わせなくても連絡先知ってるんだし、通話とかで繋がれるだろ」


「そんな薄い繋がりじゃあすぐ疎遠になっちゃうよ」



 そんなことはないと言い切れなかった。


 だって前世での俺がそうだったから。小さい頃仲良くしていたやつらも学校が離れたりして疎遠になってしまっていた。

 

 最初こそ通話や会ったりするだろう。しかし、新しい友達が増えて会う回数が減ったり、通話もしなくなっていったりとちょっとずつ疎遠になっていく。



「私、強くんとは絶対に疎遠になりたくないんだ……本当だよ?」



 そう言いながら俺の手の甲を柔らかく撫でる。


 思わず、撫でられた手を引っ込めた。



『……ご主人って最近あれですよね。色気づいてますよね? あれですか? ハーレム狙ってるんですか?』



 何故か以前に雛乃言われたことを思い出した。



「ご、ごめんね……」



 真由は俺の反応を見てあからさまに落胆した様子で肩を小さく丸める。 



「嫌がったよね……?」


「いや、ただびっくりしただけで……悪かった。別に嫌じゃない」


「そう? なら、よかった」



 にこっと真由は安心したように笑みを浮かべる。


 真由ってこうした相手に触れるようなスキンシップを織り交ぜてくるのだが、麗華相手にもそうなんだろうか?



「……あんまり気のない男子に触るのは良くないぞ。勘違いされるからな」



 このスキンシップは友人付き合いの乏しさからくるのだろう。俺はたしなめるように言った。



「え? 私、強くんにしかこんなことしないよ?」


「そうかい、それは嬉しいよ」



 ……小日向真由。こいつは男を勘違いさせる才能があるな。大学生になったらサークルクラッシャーになりそうだ。


 真由は何か言いたげな顔をしつつも素直に引き下がり視線を宮田先輩に向ける。



「……でも、おかしいな。宮田先輩別に悪い評判も聞かないし、暴力的な人じゃないと思うけど」


「そうなのか?」

 


 真由の言葉が本当なら、雛乃は俺に嘘をついたことになる。なら、どうして俺に嘘を?



「もしかしたら、石橋くんにやきもちを焼いて欲しかったのかも」



 は? なんで俺にやきもちを焼いて欲しがってー



「……ごめんなさい」



 雛乃の言葉にハッと我に帰ると、気がついたら宮田先輩の告白を断っていた。



「……そうか。好きな人がいるのかな?」


「いえ……そういうのではないんですけど。恋人とかそんな余裕がないというか……ともかく、私が誰かと付き合うなんて……ありえません」



 そう言い放った雛乃の表情はどこか悲しそうで……雛乃の姿に違和感を覚えた。



 その瞬間、ブーブー! とスマホが振動する。



『つーくん。まだ?』


『どこにいるの』


『おなかすいた』


『はやくきて』


『へんじがおそい』


『なんでへんしんしてくれないの?』


『もしかして、うわき?』


『うわきしてるんでしょ!?』



 この間僅か30秒。めんどくさいメッセージが押し寄せてきやがった。

 

 ため息をついた瞬間、今度は着信が。


 ……めんどくさい。



「……もしもし」

 

『つーくん。なんですぐ出ないの? ワンコールで出て。昨日も言った』


「あーはいはい。今から向かうからもう少し待ってろ」


「石橋くん。もしかして麗華ちゃんからかかってきたの?」


『!? 真由の声がする……! 真由となにしてるの!? ま、まさか私に内緒でいかがわー』



 ピッ。と通話を切った。



「悪い。先に生徒会室に行ってあいつをなだめといてくれ。それとこのことは秘密で頼む」


「うん……ふふ、また二人だけの秘密。出来ちゃったね」



 クスクスと笑いながら、真由は生徒会室へ戻って行った。



「いいご身分ですね〜ご主人」



 真由を見送り、振り返るとそこには仁王立ちしている従者雛乃さん。



「……私が告白されるのを見ながら小日向さんとイチャイチャとはいいご身分ですねぇ!?」



 なんで怒り狂ってるんだよ。



「いや、別にイチャイチャなんかしてないかっただろうが」


「はい〜? あんな密着してイチャイチャしてたじゃないですか!!」



 なんだこいつ。麗華並みに面倒くさいな。



『ともかく、私が誰かと付き合うなんて……ありえません』



 ……あの時の悲しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。


 どうしてあんな顔をしたのか、言葉の意味は?


 今、雛乃に聞いてもはぐらかされるような気がして……



「……ご主人?」


「……お前、俺に何か隠してるだろ」



 雛乃はぎょっとした様子で俺を見上げた。



「……ま、どうせお前のことだ。いずれは打ち明けてくるんだろうけど、今のうちに言っておく。いざって時は何がなんでも助けてやるから俺に遠慮なんかすんなよ」


「…………ほんと、ご主人は私のこと大好きですねぇ」



 困ったように笑う雛乃にこれ以上は何も言わなかった。そして自然と二人で歩き始める。



「つーか、告白してきた宮田先輩、お前から聞いた人物像と全然違ったんだが?」


「えっ!? そ、そうでしたね……いやー私の見当違いだったかも?」



 なぜか慌てた様子の雛乃。そんな雛乃の姿を見て、先程言っていた真由の言葉を思い出す。



『もしかしたら、石橋くんにやきもちを焼いて欲しかったのかも』



「ご主人? どうしたんです?」


「いや、流石にありえないかと思って」

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