第24話 ナイショ





「石橋くん。ごめんね? 私まで送って貰っちゃって」


「いや、もう暗いからな」



 ファミレスでの食事を終えて外に出ると周囲は暗くなっていたので、麗華を家の近くまで送ったあと俺は真由と共に帰路についていた。



「それに、小日向のおかげでいい苺タルトが買えた」



 これで帰りが多少遅くても雛乃の機嫌も損なわないだろう。真由が紹介してくれた限定いちごタルトが入った小箱を見る。



「……石橋くんいちごタルト好きなの?」


「……まぁな」



 まぁ、好きなのは俺じゃなく雛乃だけどな。タルトは俺も好きだけど。



「……そっか。ふふ」


「……なんだよ」


「あ、ごめんね。甘いもの好きなのかわいいなと思って。そういえば博多にも美味しいタルト屋さんがあるんだよ?」


「なんで博多なんだ」


「私、おばあちゃんの家が博多にあって……長期の連休とかは一人で帰省してるの」



 ……そんな設定があったなんて知らなかった。



「ふーん。なら少しは博多弁とか話せるのか?」


「聞きたいの? 私の博多弁」


「いや、別に」



 あ、おいやめろ。ぷくーと頬含まなせながら肩をぶつけてくるな。


 俺は逃げるように足を進めると、行き先が二つに分かれている。右に行けば俺の家に着くのだが……



「ここまででいいよ」



 真由は左側の道へ一歩前に進む。



「いや、どうせなら最後まで送るぞ?」



 流石に夜道を女子一人で歩かせることに抵抗があるし。



「ううん。これ以上は麗華ちゃんに悪いから」


「そうか……」



 まぁ、無理に付いていくのもアレだからな……見送るのはここまでにしておこう。



「うん。今日は本当にありがとう」


「ああ、じゃあな」



 おそらく、こうして二人でゆっくりと話すのは最後になるだろう。

 正直、二人が仲直りした時点で俺の役割は終わったわけで。


 そして何よりヤリ田の助言が気になって……だから出来るだけ麗華と真由とは生徒会以外は会わないようにしようと思っている。


 麗華も明日からは生徒会室で真由と昼ごはんを食べるとファミレスで行っていたし。



「石橋くん」


「なんだよ」



 歩こうとした瞬間に呼び止められて振り返ったその瞬間、真由の手が俺の手を取った。


人差し指と中指をぎゅっと握られ、少し動揺する。



「ねぇ、前に言ってたこと。覚えてる?」


「前に言ってたこと?」



 そう言っておきながらも真由が話ている内容を薄々と察していた。



「麗華ちゃんと仲直りしたら、私と友達になってくれるって話」


「………………」

 


 真由の視線があまりにも真剣だったので、思わず息を呑んだ。



「今しかないと思って。多分、今言わないと石橋くんは私達の前からいなくなっちゃうと思ったから」



 真由が言っていることは概ね正しい。だから俺はとっさに否定の言葉が出てこなかった。

 

 俺の反応を見た真由は寂しそうに微笑む。



「最初に会った時からずっと言ってるよ? 私、石橋くんと仲良くなりたいって」


「……なんで俺なんかと仲良くなりたいんだ?」


「……私と麗華ちゃんはお互いに見ることすらしないほどのすれ違いをしてた。そんな私達を向き合わせてくれて……元に戻してくれたのは石橋くんだから」


「言っただろ? 仲直りできたのはお前らが頑張ったからで、俺は無理矢理に二人で話し合う機会を作っただけだ」


「それは違うよ。私が逃げずに麗華ちゃんと向き合えたのは石橋くんが私を叱ってくれたから、それに強引だったけど背中も押してくれた。それがどれだけ救いになったか……」


「………………」


「全部、私が決めることだから」



 自身の手を見下ろすと二本の指はしっかりと真由に握られており、離す気配がない。


 きっと麗華と同じだ。


 理屈じゃない。



「……わかった。これからもよろしく頼む」



 観念したように頷くと真由は安心したように微笑んだ。



「うん。こちらこそ、末永くよろしくね?」



 す、末永く……? ま、まぁいいか。あまり深くは考えない方がいいだろう。うん。

 


「それでねっ私たち友達になったんだし。その、呼び方なんだけど……」



 おい、まさか……つーくんって呼んでいい? とか言うんじゃないだろうな。



「強くんって呼んでいい? 二人っきりの時だけでいいから」


「え、あ、あぁ……別に構わないけど」



 拍子抜けしている俺とは裏腹に真由は満足そうにこちらを見つめる。


 よかった。いっしーとかつーくんとかあだ名で呼びたいとか言われなくて……



「話は終わりだろ。そろそろ、握ってる指を離してくれ」 


「……あ、ごめんね。こんなことしてると麗華ちゃんに怒られるよね」 



 …………今後のことを考えると真由には本当のことを話した方がいいかもしれない。



「俺とあいつは恋人じゃねぇよ……あれだ。仮面恋人ってやつだ」


「え、そう……なの?」


「あれはあいつが俺の噂を上書きするためについた嘘……らしい」



 もちろん俺には一切相談はなかった。



「そ、そうだったんだ……ふーん………………………………………………………そっかそっか」



 小さな声でそう呟く真由になぜか背筋がぞくっとした。


 しまった。悪手だったかもしれないとなぜかそう思ってしまう自分がいる。



「あのね……もう一つだけお願いがあるんだけど……」


「……なんだよ」


「仲直りしたあと、麗華ちゃんと仲直りのハグをしたんだ」


「仲直りのハグか……」


「うん。恥ずかしかったんだけど……安心感というか……ちゃんと仲直りできたんだなって実感できて嬉しかった」


「そうか、よかったな」


「私、強くんとやりたいな。仲良しのハグ」



 彼女は一体、何を言ってるのだろう?



「いや、やるやけないだろ。なに言ってんだ?」


「麗華ちゃんとはしたことあるんだよね?」


「……は?」


「麗華ちゃん、強くんとは何回も仲良しのハグをしながらお互いに好きって言い合ったって……」



 あいつ何言ってんだマジで……


 どうせ、真由に恋人らしいこと何してるのとか聞かれた結果、苦し紛れに言った見栄なんだろうけど。

 


「……別に、今じゃなくてもいいよ。強くんが私と仲良くなった時まで楽しみにしてるから」



 寂しそうに微笑み、名残惜しそうに手を離す真由。



 いや、その言い方はまるでと俺は真由とは別に仲良くないみたいじゃないか。


 おかしいな。まるで俺が悪いことをしたみたいだ。




「…………………………今回だけだぞ」



 周りに人がいないか確認したあと、観念するように黙って両手を広げる。


 もうどうにでもなってくれ……



「……!!」



 真由は意気揚々とした表情で鞄を置いて、俺の胸に飛び込んできた。


 そうか、これが仲良しのハグか。なんだか柔らかくていい匂いがするな。




「……あのね。私ね」



 真由が背伸びをして、俺の耳元まで顔を近づける。



「強くんのこと、好いとーよ?」



 耳元で囁かれた声に、俺はぎょっと目を張った。


 パッと離れた真由はまるで悪戯が成功した子供のようにふふと笑みをこぼす。



「私の博多弁。どうだった?」



 ……あ、あー! そっちね! 博多弁フラグの回収ね!! なるほど、なるほど!!



「あ、そういえば強くんから好きって言ってもらってないね」


「は……?」


「お互いに好きって言わないと仲良しのハグにはならないんだよね? 麗華ちゃんが言ってたよ」



 月島麗華。ほんと何言ってくれてんだよ。マジで。



「今回のハグは無効ということで、今度仲良しのハグをする時はちゃんと私のこと『好き』って言ってね? あと……」



 真由は今までゲームでも見せたことのない顔をしながら俺の唇に人差し指を置いた。



「名前で呼び合うのも、仲良しのハグも……全部、麗華ちゃんには内緒だよ?」


 

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