第6話 悪辣な噂



 教室についた瞬間、違和感があった。


 周りの視線と共に強姦・飲酒・窃盗、犯罪者や観察処分者というワードがひそひそと聞こえてくる。


 クラスに腫れ物扱いされているのはいつものことだが、今日はより一層ひどい気がする。



 なんだ? 一体どうなっている?

 

 スマホを取り出し、ロインを開く。


 桜井雛乃。


 しょうがない、こういう時こそ彼女の力を借りるべきだ。


 頼りになるのかは置いといて。

 


 ひとまず、この状況ついて話がしたいとメッセージを送る。



『了解で〜す。私もツテを使って色々と調べてみますね!』



 雛乃から即返事が送られてきた。

 

 どうやら張り切っているみたいだ。きっと昼休みには有益な情報を持ってきてくれるだろう。



 ……多分



 昼休み。


 チャイムが鳴った瞬間、教室を出て、購買で食べ物を買い向かった先は人気がない屋上前の階段の踊り場。


 たどり着くそこには弁当をもぐもぐ食べている雛乃の姿が。



「もごご! ふごごご〜! もごもご!」


「食べたまましゃべるな。何を言ってるのか分からないだろ」 


「…………………ご主人、どうやら色々な噂が流されているみたいですね〜」


「噂?」


「暴力沙汰・強姦・飲酒・窃盗などが原因でここに転校してきた。という噂ですね。他には犯罪者や観察処分者などなど。どれも情報源は屑島先輩のようです……昨日の出来事が原因じゃないですか?」



 なるほど。確かにクズ島はこういうことをしてくるキャラクターだ。

 プライドが高くて気に食わない人間を他人を使って追い詰める。清々しいほどのクズ野郎。


 そういえばゲームでもルートによっては似たような展開あった気がする。



「ターゲットは俺だけか? 佐々木や月島の噂は?」


「今のところは流れているのはご主人の噂だけみたいです」


「そうか……」



 ……ん?



「え、どうしたお前……なんでこんなに有能なんだ?」


「え? なんで私ディスられてるんです?」



 そんな……俺の知っている桜井雛乃ならドヤ顔でクソほど役に立たない情報しか提供してこないのに。



「この程度の噂ならどうにでも出来ますけど、どうします?」 



 雛乃の言う通り、石橋家の力を使えばこの程度の噂は対策可能だろう。



 しかし。



「何もしない。もし即座に対策してみろ。屑島のことだからそれが気に入らなくて佐々木や月島がターゲットにする可能性がある。ここは黙ってあいつの思い通りにしたほうが2人を守りやすい」



 それにそんな噂が広まれば流石に麗華も俺にはもう絡んで来なくなるだろうしな。



「………………」



 先ほどまでお弁当を食べていた雛乃の箸がぴたりと止まり、心底驚いた表情でじっとこちらを見つめてきた。



「なんだ……」


「いやぁ……ご主人、そんなカッコこと言うキャラでしたっけ?」


「うるせぇ」


「ふーん。いいんじゃないですか? 私、今のご主人は結構好きですよ?」


「そうかい、それはどうもありがとう」


「いや、反応うす!! そこはもっとよろこんでくださいよ!?」 



 雛乃はこちらをジトっと見たあとスマホを取り出した。

 なにをするんだろうと疑問に思いながら見つめていると視線に気づいた彼女がふふんと得意げな表情をする。



「いつもは友達とお昼を食べてるんですけど、何も言わずにここに来ちゃったので皆からメッセージが来てるんですよ」



 あ、そっか。そうだよな。普通はお昼はいつものメンバーみたいな感じで集まって食べるよな。


 そうか……そりゃ、そうだよなぁ。こいつ可愛いし、モテるし。


 ……なんだ? このとてつもない敗北感は。



「なんですか? あ、言っときますけど何があっても私の大切な友達はご主人には絶対に紹介しませんからねっ」


 明らかに警戒した目つきでこちらを見てくる雛乃。これは絶対に良からぬ勘違いをされている。



「まぁまぁ、これをやるから……な?」


「なっ!? これは人気No.1のプレミアム生クリームパン!! いつも即売れきれるやつじゃないですかっ!? ぐっ……美遊ちゃんなら紹介しても……」



 どうやらこいつにとって大切な友達(美遊ちゃん)は生クリームパン(400円)と同等のようだ。



 未だ会ったことがない美遊ちゃんに思いを馳せながら俺は雛乃と昼休みを共にした。



 そして、放課後


 どうやら俺の噂は学校全体に広まったようで、廊下ですれ違うだけでもひそひそ声が聞こえてくる様になった。


 今頃、クズ島も満足しているだろう。


 ま、俺が我慢すればいいだけだし、なにも問題は……



「つーくん」



 麗華の声が後ろから聞こえたが、気のせいだろう。

 

 それにあだ名も『いっしー』呼びから『つーくん』とランクアップ(悪い方に)なっている気がするがそれも勘違いだ。



 多分。



「…………」


「つーくん」


「…………」


「つーくん!!」


「いてっ!」



 こ、こいつ。鞄で殴ってきやがった。

 仕方がないから立ち止まり振り返るとぷんぷんに怒っている麗華の姿が。



「……なんだ」


「昼休みどこ行ってたの? 昼休みずっと探してたんだけど、おかげでお昼ご飯食べれなかったんだけど!?」


「別に一緒に食べるなんて約束してないだろ」


「……はぁ」



 こいつは全くわかっていないと言いたげな表情をする麗華。



「あのね、私たちは仮にも親友同士。親友なら約束なんてなくても一緒にお昼を過ごすのは当然でしょ。もし何か用事があるんだったら連絡するのが普通だと思うけど?」



 なんか親友にランクアップしてる……!



「まぁ、いいよ。過ぎたことだし。許す。私も鬼じゃないから詫びとして今日の帰りクレープ奢りで手を打ってあげる」



 あの、すいません。話を勝手に進めないでもらえますか?


 いや、それよりも……



「……お前、聞いてないのか?」


「何を?」


「俺の噂のことだ」


「ああ、なんかすっごい噂になってるね。それがどうしたの?」



 いや、どうしたのって……



「あんな噂を聞いたら普通は絡んでこないだろ」


「どうせ嘘なんでしょ? 私は信じてないから」


「……本当だったらどうする?」



 実際、この噂が本当か嘘かは俺自身はわからない。ゲームには石橋の過去までは描かれていなかったから。



「ないでしょ」


「根拠は?」


「今まで私が見てきた石橋はそんなことをする人じゃないから」


「……今まで見てきた俺はお前を騙して無理やり犯すための演技だったとしたら?」


「そのときは潔く私の初めてを貴方にあげる」



 その言葉は冗談なんかではなく、本気で。


 だからこそ思わず天井を仰いだ。


 きっと理屈じゃないんだ。だからこそ、なにをこれ以上なにを言っても不毛なだけ。



「……勝手にしろ」


「うん。勝手にする」



 周囲のざわめきを聞きながら二人並んで歩いた。



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