第2話 チュートリアルヒロイン





 転生した翌朝、俺は全速力で学校へ向かっていた。


 今は始業の5分前。始業まで間に合うかどうかのギリギリの時間。ここにくるまで道に迷ってしまったのだ。


 こういうのって石橋の記憶の断片みたいなものが残っている筈なのに……!



「……遅い。いつまで待たせる気?」



 校門前、むすと不機嫌そうな麗華が腰に手を当てて待っていた。


 

 ちょっと待ってくれ。なんでお前がこんなところにいるんだ……?



「……そんなの俺が知るか。お前が勝手に待ってただけだろうが」



 ここはあえて冷たい言い方をして距離を取る作戦に出る。



「は? 勘違いしないで。別に待ってたわけじゃない」



 いや、ついさっき『いつまで待たせる気?』って言ってなかった?


 無言でそのまま校門を通過しようとすると



「待って」


 

 腕を掴まれ振り向くと「ん」と言いながら紙袋を差し出してきた。中身は昨日貸したタオルとブレザーだ。



「……まさか、俺にこれを返すためだけにずっと校門で待ってたとか言わないよな?」


「は? そんなわけないでしょ? 偶然、今日は遅めに登校してたまたま貴方の姿を見つけたから返しただけ」



(待ってましたけど!? 朝早くから! 1時間半くらいずっと! ここで!)



 ……まじかよ。



「なに? その呆れたような顔は? 借りたものを返すのは当たり前でしょ?」



 いや、でしょって言われても。普通は1時間半も待たないだろ……そんなことを思いながらタオルとブレザーを受け取る。


 校舎に向かって歩き出すと当然ながら麗華もついてきた。二人校舎に入り、上履きに履き替える。


 俺はこのまま右に曲がり、麗華は目の前にある階段を登ろうとしていた。



「あ、そっか。貴方、一般クラスだっけ?」


「ああ」


「そう、それじゃ。もう会うことはないかもね」


「……そうだな」


「だから、改めて言っておく。昨日、助けてくれて、タオルとブレザーを貸してくれてありがとう」


「……ああ」



 微笑みながら差し出された手を握る。


 貸し借りの関係も無くなってこれで、本当に終わり。最後に、少しだけだが月島麗華のデレを見れてよかった。


 互いに別れを告げ、俺は廊下を歩き出す。


 えっと、確かクラスは1年3組だったはず。


 ゲームの設定を思い出しながら教室に入るとわちゃわちゃしていた教室が一瞬でシーンと静まり返った。


 え、なにこの空気。


 そういえば、石橋ってクラスメイトからあんまり好かれてないみたいな設定あったな。


 居心地の悪さを感じながら席に着いて授業を受けた。



 昼休み。


 クラスに居場所がないので適当にぶらついていると非常階段が目に入る。


 人の目につきにくいし休み時間を一人でゆっくり過ごすには丁度いいか。



「……よし」



 非常階段に向かい、一気に駆け上がると



「……いただきます」



 ぽつんと一人でお弁当を食べてようとしている麗華の姿があった。


 なんでお前がこんなところにいるんだよ!?


 いや、確かにキャラ的には友達は少なさそうだけど……まさか、ぼっち飯をキメ込むほどのレベルとは……

 

 容姿端麗で学校中の男子からモテまくっているヒロインがぼっち飯をしている。

 

 ……何か見てはいけないものを見てしまった気持ちになった。



「……ん?」



 あ、気付かれた。



「………………違うから」



 何が違うんだろうか?



「私は、一人でいるのが好きなだけだから、決してぼっちではないから。一人好きとぼっちは決定的な違いがあるから。勘違いしないで(早口)」


「あ、はい」



 そうだ。これは事故だ。俺は何も見てないし、ここには誰も居なかった。そういうことにしておこう。


 だから一刻も早くここから離れるんだ。



「いつまでも突っ立てないで座ったら? 目障りなんだけど?」


「いや、邪魔しちゃ悪いだろ? 俺は他を当たるから」


「別に邪魔だとは言ってないでしょ。なに? 私とお昼ご飯を食べるのそんなに嫌なの?」


「ああ、そのとおー」



(もし、嫌だと言われたらものすごく怒る)



「これ以上昼休みの時間を削りたくないしな。邪魔するぞ」


「どうぞ、ご勝手に」



 彼女が座っている一段の下の階段に腰を下ろしパンを食べ始める。



 ……どうしてこうなった?



「よくここを見つけたね。ま、どうせ行く当てもなくぶらついていたらここを見つけたんだろうけど」



 それはお前もだろ。



「黙ってるってことは図星だね」



(そっかぁ、石橋も私と同類なんだ……!!)



 うわ、なんかめちゃくちゃ嬉しそう。



「ま、貴方には借りもあるし? シンパシーを感じなくもないし、今後も昼休みの時間はここに来てもいいけど?」



 なんでちょっとドヤ顔なんだよ。腹立つな。



「ああ、考えとく」



 まぁ、あれだ。思わぬところで麗華とのイベントが起こってしまったが、その分大きな収穫があったと思えばいい。


 昼休みに旧校舎の非常階段に行ったら麗華とエンカウントしてしまうので絶対に行くな!


 この情報が得られたのだから良しとしよう。



 翌日の昼休み。


 昨日の失敗を生かす為、今日は教室でぼっち飯をしていた。


 下手にヒロイン達と関わって石橋当て馬ルートはだけは勘弁だからな。


 だから、ヒロインたちとは接触することなく、死亡イベントや修羅場や破滅イベントとは無縁の平和な学校生活を送るんだ。


 ……まぁ、昼休み教室でぼっち飯はなかなか堪えるけど。


 そんなことを思いながらカレーパンを食べようとした瞬間



 バン!! と勢いよく教室の扉が開いた。

 


「いしばしぃぃ〜〜〜ッッ!!」



 怒鳴り声に驚きながら扉を見るとそこにはキレている麗華の姿が。



『え、なんで特進クラスの月島さんがここに?』


『さっき石橋って言ってなかった?』


『初対面じゃないの?』


『どういうことだよ』



 クラスメイト達がそれぞれのグループでひそひそと話す中、麗華は一切気にすることなくこちらへとやってくる。



 ……猛烈に嫌な予感がする。



「どうしてあの場所に来ないの!? 信じられない!! 私、ずっとお弁当を食べないで待ってたんだけど!? 普通、今日も来るでしょ!? もしかして、私を差し置いて一緒に食べる相手でも見つけたの!? この裏切り者!!」  



 ざわっ……!! 麗華の一言で教室内が一層ざわついた。



『裏切り者ってどういうことだよ?』


『え? まさか、あの月島さんとお昼ご飯を食べる約束してたってこと!?』


『おいおいまじかよ……』


『月島さん、石橋に何か弱みを握られてるんじゃ……』



 待て待て待て、やめてくれ。お昼を食べる約束なんかしてないし、弱みを握ってなんかいない。



「……どうして俺がこのクラスに居るって分かった?」



 俺、こいつに自分のクラスを教えた覚えがないんだけど……



「は? 全クラスまわったからに決まってるでしょ」



 勘弁してくれ……



「ほら、座ってないでさっさと行くよ」



 ざわめく教室の中、俺は麗華に手を引っ張られながら連行された。

 

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