第20話 温泉スライムの効能

 ダンジョン内のスライムが数匹、温泉スライムへと変貌した。


 元の原種のスライムもいるものの、温泉スライムとは特に揉め事を起こすことなく生活している。


 これまで通り、ダンジョン内で作業をしてくれているし、特に作業効率とかが変わったりしているわけでもない。


 本当にどういう流れで温泉スライムになったのか……温泉スライムになることのメリット、デメリットは今のところ観測されていない。


 まあ、しばらく観察してみて特に問題がなければいつも通り過ごせばいいか。


「ふー。そろそろ休憩しようか」


 農作業をしているモンスターたちが、リュウゼツの指示に従って休憩を始める。


「疲れたー……」


 ゴブリンが温泉スライムの上に座る。


「おい、なに人の上に座ってんだ」


「いいだろ。お前ぷにぷにで気持ちいいんだから」


 ゴブリンはスライムをソファ代わりにしてどっぷりと背中を預けるくらいの勢いで座る。


 ゴブリンの形にスライムの体がフィットして座り心地がかなり良さそうである。


「あぁ……温泉に入っているみたいに癒される……」


「こっちは上に乗られて気分乗らねえけどな」


 ゴブリンの表情が緩んでまさに至福のひと時を過ごしているように感じる。


「そろそろ休憩終わり。みんな作業を再開しよう」


 またモンスターたちが農作業を開始する。そうすると、温泉スライムの上で休んでいたゴブリンの作業効率が他のゴブリンと比べて良いように見える。


「えっさ、ほいさ」


 他のゴブリンは休憩で完全に疲れが取れ切っていない様子であるが、温泉スライムに体を密着させていたゴブリンは始業開始直後みたいに元気である。


 なんだこれ……もしかすると温泉スライムには疲労回復を促進する効果があるのか?


「これはちょっと検証してみる必要があるな」



 仕事終わりの時間に俺は温泉スライムとゴブリン2体を呼び出した。


「ちょっと検証したいことがある。お前たち、付き合ってくれないか?」


「まあ、イビルハム様の命令ならば構いませんよ」


 モンスターたちは同意してくれた。


「お前たち、仕事で疲れているよな? ちょっと片方は温泉スライムの上に座って、体を完全に預けて欲しい」


「えー。ボクの上に誰か乗るんですか?」


 温泉スライムは嫌がっている。まあ、誰かを上に乗せるのは嫌だろうな。


「これは重要なことなんだ。ガマンしてくれ」


「へーい」


 ゴブリンは温泉スライムの上に座り、そして体を完全に預ける。


「あ、ぁあああ~。なんか気持ちいいです。体の疲れが一気に吹っ飛んでいる気持ちです」


「しばらくその状態を維持してくれ」


 5分ほどゴブリンを温泉スライムの上で休憩させる。


「よし、それじゃあもういいぞ。ちょっと、ゴブリン2人でかけっこをしてくれ」


 このゴブリン2人は身体能力が同程度である。違いがあるとすれば、仕事終わりに温泉スライムの上で休憩したかどうかだけだ。


「それじゃあ、いちについて……よーい、ドン!」


 ゴブリンたちが走り出す。初速は同じ程度であるが、温泉スライムで休憩していた方が若干速い。走り続けるほどに休憩していた方が距離をはなしていく。


 休憩していない方は疲れからかどんどんスピードが落ちていく。


「ひ、ひい……」


「あれ? なんか体が軽い……!?」


「よし、もう良いだろう……これでわかったことがある。温泉スライムを体にまとわりつかせて休憩すると、休憩効率が良くなる。疲労回復に効果があるんだ」


 温泉にも疲労回復効果がある。しかし、移動するスライム状の温泉を体に付けるだけで手軽に疲労を回復させられるのであれば、これはこれで便利である。


「なるほど。ボクにそんな効果があったなんて……!」


 温泉スライムを効果的に使えば作業効率を更に上げることができるかもしれない。


 疲労回復による効果で作業中の事故防止にもつながる。過労もインシデントの1つであるからな。


 だとすると温泉スライムを量産するのはありか? スライムの大半を温泉につけて変異を狙うのも悪くないか。


「ところで温泉スライム。お前は疲れてないのか?」


「うーん。あんまり疲れたとかそういう実感はないですね。ボクはスライムなので」


 スライムなら疲れないの意味がよくわからないけれど……まあ、温泉スライム自身の疲労の問題については心配なさそうだな。


 手軽にできる疲労回復スポット。温泉スライム。これは流行るかもしれない。


 いっそのこと温泉スライムはリラクゼーション業務だけさせるか。それに専念させるのもありな気がしてきた。


「温泉スライム。お前、これからみんなの疲労回復させる業務に専念することってできるか?」


「えー。いやです」


「即答かよ」


「だって、モンスターを上に乗せるのってなんか嫌です」


 まあ、本人が嫌って言っているなら仕方ないか。無理強いをさせるのも良くない。


「いや……待てよ。温泉スライム。逆にお前がモンスターの上に乗ってみるって言うのはどうだ?」


「逆に……?」


「ああ、そうだ。モンスターがうつ伏せで寝るだろ? そしたら、その背中に温泉スライムが乗ってマッサージをするって言うのはどうだ?」


 我ながら良い考えである。マッサージを受ける側が下になれば良い。


 受ける側は疲労回復のために多少は誰かに乗られることをガマンするだろう。多分。


「まあ、ボクはそれで良いですけど」


「じゃあ、さっき休憩してなかったゴブリン。ちょっとここにうつ伏せで寝てくれ」


「はーい」


 ゴブリンがうつ伏せで寝る。そして、その上に温泉スライムが乗った。


「あぁ……なんか背中がじんわりと温まってきます。癒されますねえ」


 ゴブリンは特に不快な様子を示すことなく、極楽の表情を浮かべていた。


 これは勝ったかもしれない。温泉スライムによるリラクゼーション効果。これを利用すればモンスターの疲労回復速度は更に上昇するだろう。


 ちょっとした仕事の休憩の合間にできるがの強い。休憩時間に温泉に入りに行く余裕はないからな。


「よし、温泉スライム。この方式でどんどんモンスターの疲労を回復させていくぞ!」


「はい! わかりました!」


 こうして、温泉スライムに新たな業務が発生した。



「イビルハム様。最近生産効率が上がってきてますね」


 リトルハムがみんなの仕事の様子を見ながらデータをまとめてくれている。


 そのデータによると作業効率が明らかに向上している。


「ああ、そうだな。リュウゼツが農業部門のリーダーになったり、温泉スライムによる疲労回復効果によってモンスターに余裕が生まれてきている」


「これは次の収穫祭が楽しみですね」


 このペースだと農作物の収穫量も各段に上がるだろう。そうすると収穫祭でできることの幅も広がってくる。


 そうなるとモンスターたちが満足してDPが更に増える。


 これは更にダンジョンを発展させるチャンスにも繋がる。


 ここまでは順調にダンジョンを発展させてきた。目の前の問題を少しずつ片づけていたらこうなったってことだ。


 今は急場で凌がなければ問題がそんなにない。だからこそ、今後は自由にダンジョンを発展させることができるだろう。


 これから先はきちんとダンジョンが目指す方向性を考えながら、やっていかなければ発展が行き詰ってしまうかもしれない。


 ここからは本当に俺のセンスが問われていくだろう。


 目指すべきところは、農業の更なる発展か、鉱業部門で鉱石を集めてツール類や装備を充実させるか。それとも水産資源を確保して漁業を新たに組み込むか。


 選択肢が多い分悩みが生まれてしまう。でも、だからこそ、これから先ダンジョンを発展させるのが楽しく感じてしまう。


 こうして進路について悩んでいる時間も大切なことなのだ。

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