第18話 農業部門長決定!

 会議室に人食い花たちが次々と集まってくる。人を食べられそうなくらいに大きな花弁を持つモンスター。


 別に人を食べなくても生きていくことはできる。現実の食虫植物が虫を食べなくても生きていけるのと同じようなものだと思っている。


「イビルハム様。我らに何かご用ですか?」


 人食い花たちも急に呼び出されて戸惑っているようである。


「実はお前たちに集まってもらったのは理由がある。それは、お前たちの農業の成績が関係している」


 俺の言葉に人食い花たちがざわつき始める。


「え? 農業の成績ですか?」


「別に悪くないと思うけど……」


「お前、この前サボってたよな。それがバレたんじゃね?」


「いやいや、それを言うならお前だって……」


 なんか人食い花たちが仲間割れを始めた。このままだと収拾がつかないので話を進めよう。


「いや、成績と言っても良い方だ。他のモンスターに比べて農作業の成績がお前たちは良かったんだ、そこは素直に褒める。よくやった」


 俺が褒めると人食い花たちはくねくねと動き始めた。


「いやあ。まさかイビルハム様に褒められるなんて」


「真面目にやってきた甲斐があったというものです」


「いや、お前はサボってただろ」


「お前だって人のこと言えないだろ!」


 なんで褒めてるのに仲間割れを始めてんだよ。こいつら、実は仲が悪いのか?


 まあ、植物なんて栄養の取り合いばかりしているから、その習性を考えると同種と言えどそんなに仲が良くないのかもしれない。


「とりあえず、落ち着け。サボっていることは別にとがめるつもりはないから」


 別に生産に影響がない程度なら体を休めるのは悪いことではないと俺は思っている。


 休憩もなしに作業し続けるのも辛いからな。


「そこで成績が良いお前たちの中から農作業を指揮するリーダーを決めたいと思う」


「リーダーですか? 我々のリーダーはイビルハム様のはず」


「そうです。我々はイビルハム様の決定に従ってこれまで生きてきました。今更、他のモンスターの指示に従うつもりはありません」


 泣かせることを言ってくれるじゃないか。ここまで愛されてボスモンスター冥利に尽きるというか……


 いや、そんなこと言っている場合ではないな。


「ダンジョンの規模が大きくなってからは俺も忙しくなってな。中々全ての作業工程に目を向けることができないんだ」


 まずは俺が今まで通りに行動できないことをわかってもらわないといけない。


 それは本当に大前提というか、これが理解されなきゃ話は進まない。


「そうなんですね」


「確かにイビルハム様は色々と作業していて忙しそうにしていますね」


「ああ。そうだ。クラフトは俺にしかできないし、林業、漁業、鉱業とこのダンジョンでできることも増えてきた。その全てを俺1人でまとめあげるのは不可能だ」


 体がいくつあっても足りないとはこのことだ。


 俺が分身できれば良いんだけど、あいにくと俺にはそんな特技はない。


「だから、それぞれの産業に部門長を立てて、俺はその部門長を管理する立場になる。そうすることで俺の負担を減らして欲しいんだ」


「まあ、それがイビルハム様のためになるんだったら……」


 人食い花たちも納得してくれたようだ。俺が忙しなく動き回っているのを見ているからな。


「このダンジョンをより快適に豊かに大きくしていくためには、みんなの協力が必要不可欠だ。俺1人で解決できるものでもないからな」


「ええ。わかりました。それで我々の中で誰をリーダーにするんですか?」


 問題はそこである。船頭多くして舟山に上るという言葉がある通り、リーダーの数は絞る必要がある。


 俺が指名してもいいけれど、まずは確認しておきたいことがある。


「まずはお前たちの自主性を重んじたい。この中でリーダーをやってみたいと思う者はいるか?」


 俺求めるリーダー像としては積極性は欲しいところである。やる気があれば良いというわけでもないが、やる気はあった方がとりあえずは良い。


 特に人食い花たちの能力は保証されている。後は個々の性格でリーダーが務まるかどうかが決まる。


「いないのか?」


 しばらく待っても誰も手を上げようとしない。


 仕方ない。ここは俺が指名するか。そう思った矢先だった。


「あのー。僕がやっても良いですか?」


 控えめに手をあげた1体の人食い花がいた。


「えーと……お前の名前はたしか、リュウゼツだったな」


「はい。覚えていてくれてありがとうございます」


 会議を開く前に人食い花たちの姿と顔を確認しておいて良かった。名前を間違えたらいくら部下でも失礼にあたるからな。


「リュウゼツ。お前は自分がリーダーに向いていると思うか?」


 少し意地悪な質問をしてみる。自己評価というものは訊かれる方は案外嫌なものである。


「いえ、僕はそういう経験がないので向いているかどうかはわからないんですけど、とりあえずやってみたいと思ったので」


「なるほど。意欲はあると……リュウゼツがリーダーになることに反対のやつはいるか?」


 リーダーとはみんなに支持されなければ話にならない。ここで嫌われるようなやつは、いくらやるき、意欲があってもダメだ。


 人食い花たちは特に意を唱えなかった。まあ、リュウゼツにリーダーを押し付けているだけかもしれないけれど……


「リュウゼツ。最後に確認する。リーダーは責任があるし、これまでの業務以上に働かないといけない部分が出てくる。それでもなるか?」


「はい」


 まだリーダーがどれだけ大変かをわかってないからこそ、肯定したのかもしれない。


 でも、俺はこのやる気があるリュウゼツに賭けてみようと思う。


「わかった。じゃあ、リュウゼツ。お前は今日から農業エリアを統括してくれ。みなもリュウゼツの言うことをよく聞くように」


「はい!」


 こうして農業部門の新しいリーダーが決まった。


「それでイビルハム様。僕はリーダーとして具体的になにをしたらいいでしょうか」


「そうだな。まずは安全第一。農作業で万一にでも怪我しないように徹底してくれ。例えば農具の取り扱いも間違えれば危険なものだ」


「はい」


 モンスターは数が減れば自動的にリポップはされるんだろうけど、決して命は軽んじて欲しくない。これは俺の信念だ。


「次に品質第二。質が悪い作物を作ったところで誰も喜ばない。安全に配慮しつつそこは手を抜かないで欲しい」


「はい」


 作物の品質が悪いとクラフトにも影響が出てしまう。ここはしっかりとしてほしいところだ。


「最後に余力があれば生産量も増やしてくれると嬉しい。重要ではあるが、最重要ではない。安全や品質よりも上位に置かないようにしてほしい」


「了解しました」


 とりあえず目指すべきことは伝えた。


「これを目標に頑張ってほしい。具体的なやり方はリュウゼツに任せる。どうしても、行き詰った時はすぐに俺かリトルハムに相談してほしい。一緒に知恵を出そう」


 これは重要なことだ。リーダーになったからと言って、すべてを自分で決めるわけのは愚策である。


 きちんと周囲に相談できる環境がなければ、リーダーと言えどダメになってしまう。


 1人で良い知恵を出すのにはどうしても限界があるのだ。だから、相談しやすい土壌というものも作っておかないと良い組織にはなりえない。


「はい、わかりました! 安全第一! 品質第二! 生産第三! この目標を掲げてがんばろうと思います!


「ああ、それと農業部門はジートたち人間も手伝いに来てくれる。彼らともきちんと交流してくれ」


 ジートたちにもリュウゼツがリーダーになったことを伝えた方が良さそうだな。ここをきっちりと話を通しておかないと後でトラブルになりそうだし。


「リーダーとしてイビルハム様のお役に立てるようにがんばります!」


 まあ、とりあえず最初は試験的にやるしかないだろうな。問題点や改善点が出たらその都度対処しよう。

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