第9話 かまどは良い文明
【温泉を掘るには3000DPが必要です(現在のDP400)】
足りない……まるでDPが足りない……
温泉を掘ろうと勢いだってみたものの、DPという現実が俺を阻んでしまった。
温泉という施設はかなり有能で体力を回復して、効率よくダンジョンに住んでいるキャラを動かせる。
結局、このゲームはいかにダンジョンの住人が快適に過ごすかによってDPの効率が変わってくる。
温泉は1つダンジョンにあるだけで、かなりの効果を見込めるすごい施設だ。そう簡単には作れないか。
それにしても農地に比べると温泉の必要DPが高すぎてハゲそうになる。
まあ、ダンジョン内にいくつも作らなきゃいけない農地の必要DPが高かったらジリ貧になって死にかねない。その点で言えばありがたいバランスではある。
仕方ない。DPが溜まるまで地道に待つしかないか。
◇
俺はしばらく温泉なしの生活を続けていた。
考えてみれば風呂に入れないというのは相当なストレスになってしまう。でも、モンスターはあまりそういうことは気にしている様子はない。
「えっほえっほ、ほいさほいさ、はっは」
モンスターたちが掛け声をあげながら農作業をしている。これだけ汗をかいているのに風呂に入らない。
これは一種の拷問ではないかろうか。
風呂に入るのは健康的で文化的な最低限度の暮らしに含まれるであろう。
さて……俺も俺でやらなきゃいけないことがあった。収穫祭に備えてあるものを作る必要があった。
採掘場。そこで俺はツルハシを振るい、石をガンガンと掘っていく。
クラフトの素材として石がどうしても欲しかった。物体を焼くことができるかまど。それさえあれば、色々なものを焼くことができる。
かまどを作るためにある程度の石が必要なのである。
「ふう……」
ある程度採掘作業をした俺は一息ついた。こんなもんでいいだろう。
俺は石を持ち運んでそしてその石を使ってかまどをクラフトした。かまどを俺のクラフト部屋に設置して……よし、これでいいだろう。
試しにパンをクラフトして、それをかまどで少し焼いてみよう。
かまどにパンと燃料を入れる。今回は適当に燃えやすい枯れ葉をかまどに投入してみる。そして、火をつけてかまどに火を灯す。
しばらくするとパンがトーストに変わった。香ばしい匂いが漂ってくる。この匂いを嗅いでいるだけで腹が減ってきた。
ちょっとした実験のつもりだったが、イビルハムの暴食の本能が刺激されてこのパンを食べずにはいられなくなってしまう。
俺はトーストを思い切りかじった。表面はカリっと仕上がったパン。それを噛むと中のふんわりとした食感に到達する。
カリ、ふわ、もちもち……様々な食感が楽しめてもうパンを焼かずに食べるなんてことはできなくなってしまう。
「うめえ、なんだこのパン。うめえ……うめえ!」
そんな独り言を言いながら俺はこのパンを食べ続けた。
パンが適度に熱されたことにより、パンが持つ甘みというものが感じられるようになった。
やはり、トーストは良い文明だ。石を掘った甲斐があったというものだ。
収穫祭にこのトーストをモンスターたちに食わせてやろう。モンスターたちがうまいものを食べればDPも爆増するだろう。
そうなれば温泉に近づく……まあ、本音を言えば採掘場で労働してきた今こそ温泉に入りたいわけであるが……
【温泉を掘るには3000DPが必要です(現在のDP512)】
DPが微増したけれどまるで足りない。早く温泉に入りたい……
◇
そして、待ちに待った収穫祭の日がやってきた。モンスターたちが作物を次々に収穫していく。
その収穫したものを俺がクラフトして食べられる形にへと変えていく。
収穫祭はゲストとしてジートたち人間も呼んでいる。このダンジョンの中にいるのであれば住民判定される。
住民判定されれば、食事でDPが増えるのである。
ジートたちも長い間このダンジョンで共に過ごしてきた仲間だ。DPとか抜きにしても一緒に収穫祭を楽しみたい。
「イビルハム様! 小麦が届きました!」
リトルハムが収穫した小麦を受け取って、それを俺の元へと運んできた。
「ありがとう。リトルハム、それじゃあクラフト行くぞ」
俺はパンを次々とクラフトしていく。そして、リトルハムがクラフトしたパンをかまどへと放り込んでトーストにしていく。
「ああ、おいしそうです……」
「1つくらいならつまみ食いしてもいいぞ」
「え、良いんですか!? ありがとうございます。イビルハム様!」
リトルハムは笑顔になった。彼も俺の側近として活躍してくれている。当然、食べる権利はあるのだ。
出来上がったトーストを1つ取り、リトルハムがそれを食べる。サクサクとした音がこっちにも聞こえてくる。
「う、うますぎます! イビルハム様!」
「おいおい、リトルハム。ジャムを付けるのを忘れているぞ」
「あ、こんなうまいトーストが更にうまくなるというのですか!」
リトルハムは目をキラキラとさせながらブルーベリージャムをトーストに付ける。そして、そのトーストをかじる。
「あっ……これダメです。幸せすぎて頭が吹っ飛ぶかと思いました」
「そこまで!?」
どうやらモンスターにとっては、想像を絶するうまさだったようである。
「他のトーストもできあがり次第、みんなの元に持って行ってくれ」
「はい!」
俺がクラフトしたものをリトルハムが運んでいく。そして、それが運び終わったら、また収穫されたものを俺のところに持ってくる。
それを俺がクラフトする。その繰り返し作業を延々とやる。
俺も疲れてきたし、リトルハムも疲れた表情をしている。でも、リトルハムはどこか爽やかな笑顔を浮かべていて働く喜びをかみしめているようだった。
そうして、俺もクラフトを一通り終えて、収穫祭の会場へと向かった。
「お、イビルハム様が来たぞ!」
「わー!」
俺の登場にモンスターたちが盛り上がっている。よし、ここはダンジョンのボスらしくビシっと決めてやる。
「みんな。今日は待ちに待った収穫祭だ。既に作物を収穫してくれてありがとう。今日と今までの日という労働の対価をこれから存分に味わってくれ」
「うおおおおお!」
モンスターたちは沸き立ち、そして目の前に配給されたトーストを食べ始める。
「うま……なんだこれ! うめえ!」
「こんなうまいものがこの世にあったなんて」
モンスターたちは相変わらずのオーバーリアクションで盛り上がってくれている。
一方でジートたちは……
「うめえ! うめえ……こんなうまいパン食ったことがねえ」
「このうまいパン。死んだ母さんにも食わせてやりたかった」
「これ絶対持って帰って息子に食わせてやるんだ」
涙を流しながら食べている。人間には人間の事情というものがあり、このパンを食べることで色々な感情が引き出されてしまったのだ。
「さて、本日はパンだけじゃないぞ。ジャガイモも収穫したので、それも焼いてみた。ホクホクのベイクイドポテトだ」
「ベイクドポテト!?」
モンスターたちが興味を示す。リトルハムがモンスターたちにベイクドポテトを配り始めた。
ベイクドポテトを受け取ったモンスターはそれを食べる。
「んん! これは! ホクホクでうまい! なんだこれ。食べると一気に腹が膨れてくるぞ」
「ちょっと粘り気があるようなこの感じがたまらない!」
腹持ちが良いジャガイモを食べてモンスターたちもご満悦のようだ。
「イビルハム様はこんなうまいものも知っていたのか。もう一生ついていきます!」
こうして定期的にうまいもので餌付けしていくのはなんだか癖になってしまう。
モンスターたちも喜んでくれえるから、こっちも一所懸命になれるんだよな。
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