第10話 温泉掘り

 今日もモンスターたちが農作業をしてくれている。


 そろそろ休憩する時間だ。休憩の指示を出そうか。


「よし、みんな休憩だ。配給のパンを配るぞ」


 モンスターたちが一列に並ぶ。そして、配給係からパンを受け取り休憩に入る。休憩時間中にモンスターがパンを食べている。


「パンうめえ。やっぱり、自分で育てたパンが1番だな」


「お前はブルーベリー担当だろ」


「いいんだよ。細かいことは」


 そんな会話が聞こえてくる。休憩時間も充実した生活をモンスターが送ってくれていて嬉しい。このまま順調にDPが増えていくと温泉増設に近づいてくる。


 休憩後もモンスターたちが作業を続けていく。そうして作業が終わった頃、モンスターたちは就寝用のタコ部屋に戻り眠ってしまう。


 さて、俺もそろそろ寝る時間だ。その前にDPを確認しようか。


【温泉を掘るには3000DPが必要です(現在のDP3118)】


「お、おお!」


 俺は思わず声を上げてしまった。それほどまでにこれは嬉しい出来事だった。


 温泉が掘れるようになっている。これは掘るしかないな。


 というわけで、俺はダンジョンの空きスペースに温泉を掘ることにした。このゲームはダンジョンならどこにでも温泉を掘ることができるというとんでも仕様である。


 まあ、現実的に考えてありえないことではあるが、細かいことを気にしていてはいけない。


 リアリティよりもゲームとしてストレスなくプレイできるかどぅかって方が重要である。この辺はHPが減っている状態でも全快の状態と同じように戦うことができる点と同じだろう。


 特定の場所でしか温泉が沸かない仕様だったら、設置したい場所に設置できなくてストレスが溜まるというやつだ。


 そんな考察は置いておいて、いざ今ここに温泉を掘る!


 このためにダンジョンのスペースを空けておいた。農地にできなかったのはもどかしかったけれど、早めに温泉を解放するためには致し方のない犠牲だ。


「3000DPを消費。温泉を掘る!」


 俺はダンジョンの水晶に命令をした。すると、ダンジョンからガガガガガとなにかが削れるような音がする。


 その音が終わった後に、俺が温泉を設置した場所に向かってみるとそこには確かに温泉ができていた。


 湯気が立っていて、いかにも温かそうな温泉。俺は温泉に手を入れてみた。ほんのりと温かい。暑すぎるぬる過ぎず、俺好みの温度であった。


 よし、早速入るぞ!


 俺は服を脱いで、かけ湯をしてから温泉に入ってみた。イビルハムの巨体でも十分なスペースがあるように感じる温泉。


 肩まで浸かると全身の疲れが一気に吹っ飛んでいく。体が軽い。背中に羽が生えているようだ。このまま飛び去ってしまえるのではないかと思うくらいに。


「あぁ~」


 そんな声が漏れる。長い間風呂にも入れずにずっと作業をしていた。それだけにこの温泉はまさに極楽という表現がぴったりである。


 本当に生き返った気分だ。と言っても俺は既に1回死んで転生しているけれども。


 人間たちが帰ってモンスターたちが寝静まった夜。1人で温泉に入るこの贅沢。ダンジョン内が静寂に包まれていて非情に落ち着く瞬間である。


 考えてみればここまでずっとダンジョンを大きくするためにがんばってきた。こうして息抜きをするのも重要だよな。


 食料も十分量生産できるようになってきたし、生活の基盤はかなり整ってきた。なんだかんだでこのダンジョン暮らしも楽しいものだな。


 もう一生このダンジョンから出られなくてもいいや。そんな気分にさえなってくる。


 あー……本当に眠くなってきた。流石に温泉の中で寝るわけにはいかないので早く出て眠ってしまおう。俺は温泉から出た。


 そして、ジートたちから手土産としてもらったタオルで体を拭いて服を着直して自分の寝室へと向かいそこで就寝した。



「イビルハム様! おはようございます!」


 リトルハムが俺を起こしにやってきた。


「ん? ああ、もう朝か?」


「イビルハム様。なにかまた新しいものを作ったんですか? 湯気が立っている泉があります」


「お、気づいたか? 実は温泉を作ったんだよ。この温泉に入れば一気に疲れが吹っ飛ぶぞ」


「なるほど、温泉とは入るものなのですね!」


「ああ。自由時間に好きなだけ入っていいぞ。モンスターたちにも限られたスペースをお互い譲りあって温泉に入るように伝えておいてくれ」


「かしこまりました」


 まあ、あいつらは結構純粋なやつらだし、温泉でのマナーを教えてやればマナー違反の行為をするようなことはないだろう。


 俺は寝室を出てダンジョンの通路へと出る。そこでジートに出会った。


「お、イビルハムじゃないか。このダンジョンに温泉を掘ったのか?」


「ああ。ジートたちも入っていいぞ。いつも世話になっている礼だ」


 ジートは明らかに頬が緩んでいる。こいつさては無類の温泉好きだな。


「こちらも働かせてもらっている身だ。礼だなんて気にしなくてもいいのに。村の痩せた土地じゃなかなか農業もできないからな」


「それでもジートたちも貴重な労働力だからな。俺が温泉を掘るための重要な支えになってくれていたし」


 ジートたちにDPのことを言っても理解はできないだろう。だからあえてそこはぼかしている。


 ダンジョンにいる人間もそこで生活をしていればDPの肥やしになる。ダンジョンで働いて、飯を食って。


 まあ、できれば泊まっていってくれた方がDPは溜まるが、ジートたちにも村での生活があるからな。


「ところでジート。地主とはうまくやっていけているか?」


「ん? ああ。まあ、農作物が取れてないんじゃ払えるものも払えないからな。元々は出来高に対して割合で農作物を渡す契約だったから、なんにもできなければ渡す必要もない」


「理屈はそうだけど、それで地主は怒ってないか?」


 正直言って俺はそこを心配している。俺が言っていた通りにうまくことは運んでいるけれど、地主にも地主の言い分というものがあるだろう。


 俺もジートたちを焚きつけた責任はある。いざとなったら、俺も地主との交渉に出ることも辞さない覚悟でいる。


「ああ、カンカンに怒っている。だから農地を返却することになった。別の村の連中に貸し出すんだとさ」


「それだけで済んでいるんだったらよかったな」


 今までの滞納分を支払えなんて言ってこないだけマシか。ない袖は振れないとはよく言ったものだ。


「まあ、そんな話は置いといて、俺たちは今日もお前の農場で働かせてもらうぞ」


「ああ。しっかりと頼む」


 温泉掘りでDPをかなり消耗してしまった。今の状況で俺ができることは少ない。


 じっくりと休みたいところだけど、最近働き詰めだったから動いていないと落ち着かないな。


 いかんいかん。思考がブラック企業の経営者みたいになっている。休める時にはしっかりと休もう。それはモンスターたちにも言っていることだ。


 しっかりと農閑期というやつも設けて、モンスターたちも休ませている。その時に変に働かせようとしてはいけないな。


 人間は休息というものは必要だ。それはモンスターでも変わらない。


 また、じっくりとここで生活をして、DPを溜めてからまた働けばいい。今は少しの休息をというやつだな。


 今日のところは備蓄している食料や資材の在庫量の確認をして、今後の計画を立てるだけで終わりにしよう。


 というわけで俺は棚卸チェックをした。記録してある使用した分と実際の在庫量に差異はなく、きちんと管理されている。


 記録漏れというものもなくて安心した。勝手に盗み食いするようなやつはいないと信じているが、記録されている量より減っていたらどうしようという気持ちもあった。


 このダンジョンのモンスターはみんないいやつだ。

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